はじめに
寒暖差が激しくなり、空気が乾燥し始めるこの季節、多くの方がインフルエンザの流行を気にされているのではないでしょうか。2025年は例年と異なり、9月末という早い時期に流行シーズンへの突入が確認されました。昨年より約1か月早い流行開始となっており、すでに学校での学級閉鎖や学年閉鎖の報告も増えています。
インフルエンザは、単なる「ひどい風邪」ではありません。高熱や全身の強い倦怠感など特徴的な症状を引き起こし、時には重篤な合併症につながることもある感染症です。しかし、正しい知識と適切な予防・対策を行うことで、感染リスクを大きく減らすことができます。
本記事では、インフルエンザ流行の基礎知識から2025年の最新情報、具体的な予防方法、そして感染してしまった場合の対処法まで、皆様の健康を守るために必要な情報を総合的にお届けします。

インフルエンザとは:基本知識
インフルエンザウイルスの種類
インフルエンザは、インフルエンザウイルスによって引き起こされる急性呼吸器感染症です。ウイルスは主にA型、B型、C型の3種類に分類されますが、季節性の流行を引き起こすのはA型とB型です。
A型インフルエンザは、さらにH1N1型、H3N2型(香港型)など複数の亜型に分類されます。感染力が非常に強く、世界的な大流行(パンデミック)を起こす可能性があるのも、このA型の特徴です。症状が比較的重く、高熱や強い全身症状を伴うことが多いとされています。
B型インフルエンザは、A型ほどの変異はみられませんが、毎年のように流行を繰り返します。A型に比べて症状がやや軽いとされることもありますが、個人差があり、決して軽視できる感染症ではありません。シーズン後半(2月〜3月頃)に流行のピークを迎えることが多い傾向があります。
C型インフルエンザは、ほとんどの人が幼児期に感染し、多くの場合は軽い風邪様の症状で済みます。季節性の流行はほとんど見られないため、通常「インフルエンザ」という場合はA型とB型を指します。
一般的な風邪との違い
インフルエンザと一般的な風邪(普通感冒)は、しばしば混同されますが、医学的には明確に区別される別の疾患です。
発症の仕方が大きく異なります。風邪は鼻やのどの症状から徐々に始まることが多いのに対し、インフルエンザは突然の高熱や悪寒で急激に発症するのが特徴です。「朝は元気だったのに、昼頃から急に高熱が出た」というような経過は、インフルエンザに典型的なパターンです。
症状の程度も大きく異なります。風邪では鼻水、鼻づまり、のどの痛み、軽い咳などの呼吸器症状が中心で、全身症状は比較的軽度です。一方、インフルエンザでは38℃以上の高熱とともに、頭痛、関節痛、筋肉痛、強い倦怠感など全身症状が顕著に現れます。「体中が痛くて起き上がれない」「だるくて何もする気になれない」といった訴えは、インフルエンザに特徴的です。
経過と重症化リスクも異なります。風邪は通常3〜5日程度で自然に回復しますが、インフルエンザは適切な治療を受けても完全に回復するまで1週間以上かかることがあります。また、インフルエンザでは肺炎や脳症などの重篤な合併症を起こすリスクがあり、特に高齢者や基礎疾患のある方、乳幼児では注意が必要です。
感染経路と潜伏期間
インフルエンザウイルスの主な感染経路は、飛沫感染と接触感染です。
飛沫感染は、感染者の咳やくしゃみによって飛び散るウイルスを含んだ飛沫を、周囲の人が吸い込むことで成立します。飛沫は約1〜2メートルの範囲に飛散するため、感染者との近距離での会話や、密閉された空間での共同生活が感染リスクを高めます。
接触感染は、感染者が触れたドアノブ、手すり、スイッチなどに付着したウイルスを、他の人が手で触れ、その手で自分の鼻や口、目を触ることで感染します。インフルエンザウイルスは環境中でも数時間は感染力を保つことができるため、直接の接触がなくても感染が広がる可能性があります。
潜伏期間は通常1〜3日です。この期間中はまだ症状が現れていませんが、ウイルスは体内で増殖を始めています。さらに重要なのは、発症前日から発症後3〜7日間はウイルスを排出し続けるということです。つまり、症状が出る前から他の人に感染させる可能性があり、これがインフルエンザの感染拡大を防ぐことが難しい理由の一つとなっています。
2025年インフルエンザ流行の特徴
例年より早い流行開始
2025年のインフルエンザシーズンは、通常とは異なる経過をたどっています。厚生労働省の発表によると、2025年9月22日〜28日の週において、全国の定点医療機関からの報告数が定点当たり1.04となり、流行開始の目安である1.00を上回りました。これは前年(2024年11月)と比較して約1か月以上早い流行シーズン入りとなります。
この早期流行には複数の要因が考えられます。まず、国際的な人の往来の活発化が挙げられます。2025年夏、南半球のオーストラリアをはじめとする地域でインフルエンザが流行し、そこから帰国した人々によってウイルスが持ち込まれた可能性があります。南半球の冬(6〜8月)の流行パターンは、その後の北半球での流行を予測する重要な指標となっており、今回も同様の影響があったと考えられます。
また、気象条件の変化も影響している可能性があります。2025年秋は気温の変化が激しく、湿度も低下傾向にありました。このような環境はウイルスが空気中で長く生存しやすく、また人々の免疫機能も不安定になりやすいため、感染が広がりやすい条件が整っていました。
2025年の流行型:香港A型(A/H3N2)が中心
2025年シーズンの流行は、**香港A型(A/H3N2型)**が中心となっています。厚生労働省の報告では、全国の感染者の約半数がこの型であることが確認されています。
香港A型には、いくつかの特徴的な点があります。まず、ワクチンの効果が得にくい傾向があることが知られています。これは、このウイルスが年々変異を続けており、ワクチン株との間にミスマッチが生じやすいためです。ただし、ワクチンの効果がまったくないわけではなく、重症化を防ぐ効果は十分に期待できます。
また、香港A型は重症化リスクが比較的高いとされています。特に高齢者や基礎疾患のある方では、肺炎などの合併症を起こしやすく、注意が必要です。若年者でも、基礎疾患がない場合でも重症化する例が報告されており、油断は禁物です。
一方で、A(H1N1)型の流行も一定数報告されています。H1N1型は、基礎疾患のない比較的若い方でも肺炎を合併して重症化することがあるため、こちらも警戒が必要です。
「かくれインフルエンザ」にも注意
2025年の流行で注目されているのが、**「かくれインフルエンザ」**と呼ばれる現象です。これは、典型的な高熱や強い全身症状が現れず、軽い倦怠感や微熱程度の症状しか出ないインフルエンザ感染を指します。
かくれインフルエンザが問題となるのは、本人が「ただの疲れ」「軽い風邪」と考えて通常の生活を続けてしまい、知らず知らずのうちに周囲に感染を広げてしまう点です。特にワクチン接種を受けている方では、症状が軽くなりやすいため、インフルエンザと気づかないケースが増えています。
「いつもより少し体がだるい」「微熱が続いている」「軽い咳が出る」といった軽微な症状でも、周囲にインフルエンザ患者がいる場合や、流行期には検査を受けることが推奨されます。
地域別の流行状況
国立健康危機管理研究機構のインフルエンザ流行レベルマップでは、都道府県別の流行状況が週ごとに更新されています。
2025年10月時点では、沖縄県や九州地方など西日本の一部地域で早期に患者数が増加し、その後徐々に東日本へと拡大していく傾向が見られました。東京都や大阪府などの大都市圏では、人口密度の高さや通勤・通学による人の移動が多いことから、流行が急速に拡大しやすい傾向があります。
学校や保育施設での集団発生も各地で報告されており、小学校・中学校合わせて100を超える施設で学級閉鎖や学年閉鎖などの措置が取られています。
インフルエンザの症状と診断
主な症状
インフルエンザの特徴的な症状は、以下のようにまとめられます。
全身症状:
- 高熱(38℃以上、時には40℃近くに達することも)
- 悪寒・戦慄(ガタガタと震えるような寒気)
- 強い倦怠感・疲労感(起き上がるのも辛いほど)
- 頭痛(ズキズキとした強い痛み)
- 筋肉痛・関節痛(体中が痛むような感覚)
- 食欲不振
呼吸器症状:
- のどの痛み
- 咳(初期には乾いた咳、後に痰を伴うことも)
- 鼻水・鼻づまり
これらの症状は急激に現れるのが特徴です。多くの患者さんは「午前中は普通だったのに、午後から突然高熱が出た」というような経過を辿ります。この急激な発症は、インフルエンザと風邪を区別する重要なポイントです。
症状のピークは発症後2〜3日目に訪れることが多く、その後徐々に改善に向かいますが、完全に回復するまでには1週間から10日程度かかることが一般的です。特に倦怠感や咳は長引くことがあり、「熱は下がったけれど体がだるい」という状態が続くことも珍しくありません。
年齢別の症状の特徴
インフルエンザの症状は、年齢によって多少異なる特徴を示すことがあります。
乳幼児(0〜5歳): 乳幼児では、典型的な症状を訴えることができないため、診断が難しくなることがあります。不機嫌、食欲不振、嘔吐、下痢などの消化器症状が前面に出ることもあります。また、熱性けいれんを起こしやすく、インフルエンザ脳症のリスクも比較的高い年齢層です。
学童期(6〜12歳): この年齢では比較的典型的な症状を呈します。高熱、頭痛、全身倦怠感などがはっきりと現れます。学校での集団生活のため、感染・拡大のリスクが高くなります。
青年・成人期(13〜64歳): 最も典型的な症状が現れる年齢層です。高熱、全身症状が顕著で、仕事や日常生活に大きな支障をきたします。基礎疾患がなければ、適切な治療により比較的順調に回復することが多いですが、無理をすると回復が遅れたり、合併症のリスクが高まります。
高齢者(65歳以上): 高齢者では、若年者ほど高熱が出ないこともあります。しかし、肺炎などの合併症を起こしやすく、重症化のリスクが高いため、特に注意が必要です。元気がない、食欲がない、といった非特異的な症状だけのこともあるため、周囲の注意深い観察が重要です。
診断方法
インフルエンザの診断には、問診、身体診察に加えて、迅速診断キット(イムノクロマト法)が広く用いられています。
迅速診断キットは、鼻やのどの奥を綿棒でこすって採取した検体を用いて、15分程度でインフルエンザウイルスの有無を判定できる検査です。A型とB型の区別も可能で、外来診療で即座に結果がわかるため、非常に便利な検査方法です。
ただし、この検査にはいくつかの注意点があります。まず、発症直後(12時間以内)では陽性率が低いという特性があります。これは、発症初期にはまだウイルスの量が少なく、検査で検出できないためです。そのため、「昨夜から熱が出て、今朝すぐに検査を受けたら陰性だった」という場合でも、インフルエンザの可能性は否定できません。
逆に、発症後48時間を過ぎると、抗ウイルス薬の効果が限定的になってしまいます。そのため、最適な検査タイミングは「発症後12〜24時間程度経過してから」とされています。
また、検査が陰性でも、臨床症状や周囲の流行状況からインフルエンザが強く疑われる場合は、臨床診断としてインフルエンザと判断し、治療を開始することもあります。
いつ医療機関を受診すべきか
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関を受診することをお勧めします。
早期受診が推奨される症状:
- 38℃以上の高熱が急に出た
- 強い倦怠感で起き上がれない
- 頭痛や筋肉痛が強い
- 周囲にインフルエンザ患者がいる
- 呼吸が苦しい、息切れがする
- 意識がもうろうとする
- けいれんを起こした(特に子ども)
特に注意が必要な方:
- 65歳以上の高齢者
- 5歳以下の乳幼児
- 妊娠中の方
- 慢性呼吸器疾患(喘息、COPD等)のある方
- 心疾患のある方
- 糖尿病などの代謝性疾患のある方
- 免疫抑制状態にある方(抗がん剤治療中など)
これらに該当する方は、軽い症状でも早めに受診し、医師の判断を仰ぐことが重要です。
受診の際は、マスクを着用し、待合室では他の患者さんから距離を取るなど、感染拡大防止に配慮しましょう。また、受付で「インフルエンザの可能性がある」ことを伝えることで、医療機関側も適切な対応を取ることができます。
インフルエンザの予防方法
ワクチン接種:最も効果的な予防法
インフルエンザ予防において、最も効果的で科学的に証明されている方法はワクチン接種です。厚生労働省も、流行前の接種を強く推奨しています。
ワクチンの効果 インフルエンザワクチンの有効性は約50〜60%程度とされています。「それほど高くない」と感じられるかもしれませんが、これは「感染そのものを完全に防ぐ」割合であり、実際にはそれ以上に重要な効果があります。
最も重要なのは重症化を防ぐ効果です。65歳以上の高齢者を対象とした研究では、ワクチン接種により、発病を34〜55%阻止し、死亡を82%阻止する効果が報告されています。つまり、仮に感染しても、ワクチンを接種していれば症状が軽く済み、入院や死亡のリスクを大幅に減らすことができるのです。
接種のタイミング ワクチンの効果が現れるまでには、接種後約2週間かかります。また、その効果は接種後約5か月間持続するとされています。
日本では例年12月〜3月に流行のピークを迎えるため、10月中旬から11月中旬までの接種が理想的です。ただし、2025年のように早期に流行が始まった年では、できるだけ早い接種が推奨されます。流行が始まってからでも、接種する意義は十分にあります。
接種回数
- 13歳以上:原則1回接種
- 13歳未満:2回接種(2〜4週間隔、できれば4週間隔が望ましい)
ワクチンの種類(2025年シーズン) 2025年シーズンのインフルエンザワクチンは、A型2種類+B型1種類の3価ワクチンとなっています。これは、その年に流行が予測されるウイルス株に基づいて、毎年WHO(世界保健機関)が推奨株を決定し、それに基づいて製造されています。
副反応について ワクチン接種後に現れる可能性のある副反応としては、以下のようなものがあります。
局所反応(接種部位):
- 発赤、腫れ、痛み(10〜20%程度)
- 通常2〜3日で自然に消失
全身反応:
- 発熱、頭痛、倦怠感(5〜10%程度)
- 通常2〜3日で自然に消失
重篤な副反応(アナフィラキシーショックなど)は極めてまれですが、万が一に備えて、接種後30分程度は医療機関内で様子を見ることが推奨されます。
ワクチンを受けられない方・注意が必要な方
- 卵アレルギーが重度の方(ワクチンは鶏卵を用いて製造されるため)
- 過去にインフルエンザワクチンでアナフィラキシーを起こしたことがある方
- 発熱している方(37.5℃以上)
- 重い急性疾患にかかっている方
これらに該当する場合は、医師に相談の上、接種の可否を判断してもらいましょう。
日常生活での予防対策
ワクチン接種に加えて、日常生活での感染予防対策も非常に重要です。
1. 手洗い・手指消毒 最も基本的かつ効果的な予防法です。インフルエンザウイルスは接触感染でも広がるため、こまめな手洗いが感染リスクを大きく下げます。
効果的な手洗いの方法:
- 流水で手を濡らす
- 石鹸を手に取り、よく泡立てる
- 手のひら、手の甲、指の間、指先、爪の間、親指の付け根、手首まで丁寧に洗う
- 流水で十分にすすぐ
- 清潔なタオルやペーパータオルで拭く
時間の目安は30秒以上です。特に、帰宅後、食事の前、トイレの後などは必ず手を洗いましょう。
外出先で手洗いが難しい場合は、アルコール系手指消毒剤が有効です。70%以上のアルコール濃度のものを選び、手のひら全体に行き渡るように揉み込みましょう。
2. マスクの着用 マスクは飛沫感染を防ぐために効果的です。特に以下の状況では着用を心がけましょう。
- 人混みや公共交通機関を利用する時
- 医療機関や高齢者施設を訪問する時
- 自分に咳や鼻水などの症状がある時(咳エチケット)
マスクは鼻と口をしっかり覆うように正しく装着することが重要です。また、使い捨てマスクは一度外したら新しいものに交換し、再利用は避けましょう。
3. 咳エチケット 咳やくしゃみをする際は、以下のように対応しましょう。
- マスクを着用する
- マスクがない場合は、ティッシュやハンカチで口と鼻を覆う
- それもない場合は、肘の内側で覆う
- 手のひらで覆うのは避ける(その手で触ったものにウイルスが付着するため)
4. 適度な湿度の維持 インフルエンザウイルスは、**湿度50〜60%**の環境では活動が低下します。また、空気が乾燥すると、のどや鼻の粘膜の防御機能が低下し、ウイルスに感染しやすくなります。
特に冬場の室内は暖房により湿度が低下しやすいため、加湿器を使用するなどして適度な湿度を保ちましょう。ただし、湿度が高すぎるとカビやダニの発生につながるため、60%程度を上限としましょう。
5. 十分な休養とバランスの取れた栄養 体の免疫機能を正常に保つためには、十分な睡眠と栄養が不可欠です。
- 睡眠:1日7〜8時間の質の良い睡眠を心がける
- 栄養:バランスの取れた食事、特にビタミンC、ビタミンD、タンパク質を意識的に摂取
- 水分補給:こまめな水分摂取で粘膜の乾燥を防ぐ
6. 室内の換気 密閉された空間では、ウイルスを含む飛沫が滞留しやすくなります。定期的に窓を開けて換気を行い、新鮮な空気を取り入れましょう。
1時間に1回、5〜10分程度の換気が推奨されます。寒い季節でも、短時間の換気は感染予防に有効です。
7. 人混みを避ける 流行期には、できるだけ人混みや繁華街への外出を控えることも有効です。特に高齢者や基礎疾患のある方は、不要不急の外出は控えめにすることを検討しましょう。
学校・職場での予防対策
集団生活の場では、一人の感染が多数の感染につながりやすいため、組織的な対策が重要です。
学校での対策:
- 登校前の健康チェック(検温、症状確認)
- 手洗い・うがいの徹底
- 教室の定期的な換気
- 体調不良の児童・生徒の早期発見と登校停止
- 流行状況に応じた学級閉鎖・学年閉鎖の実施
職場での対策:
- 時差出勤やテレワークの活用
- 会議室や共有スペースの換気
- 手指消毒剤の設置
- 体調不良時の無理な出勤を避ける風土づくり
- マスク着用の推奨
家族内感染の予防
家族の一人がインフルエンザに感染した場合、家庭内での感染拡大を防ぐための対策が重要です。
感染者の隔離: 可能であれば、感染者を個室で療養させます。部屋から出る際はマスクを着用してもらいましょう。
看病する人を限定: できるだけ特定の一人(健康で免疫力のある人)が看病し、高齢者や乳幼児、基礎疾患のある家族は接触を避けます。
共有物の管理: タオル、食器、リモコンなどの共有を避けます。ドアノブ、スイッチなど頻繁に触れる場所はアルコールで消毒します。
室内の換気: 感染者の部屋も含めて、定期的に換気を行います。
予防内服の検討: ハイリスク者が家族内に感染者と接触した場合、医師の判断により抗ウイルス薬の予防内服が検討されることがあります。
インフルエンザの治療
抗インフルエンザウイルス薬
インフルエンザには、ウイルスの増殖を抑える抗インフルエンザウイルス薬があります。これらの薬は、発症後48時間以内に使用開始することで、症状の持続期間を短縮し、重症化を防ぐ効果があります。
主な抗インフルエンザウイルス薬:
オセルタミビル(タミフル®):
- 内服薬(カプセルまたはドライシロップ)
- 1日2回、5日間服用
- 最も広く使用されている薬剤
ザナミビル(リレンザ®):
- 吸入薬
- 1日2回、5日間吸入
- 吸入の手技が必要なため、小児や高齢者では使用が難しい場合がある
ラニナミビル(イナビル®):
- 吸入薬
- 1回の吸入で治療が完了
- 服薬アドヒアランスの問題がない
バロキサビル(ゾフルーザ®):
- 内服薬(錠剤)
- 1回の服用で治療が完了
- 作用機序が他の薬剤と異なる
- 耐性ウイルスの出現に注意が必要
これらの薬剤は、いずれも発症後48時間以内に使用開始することが重要です。48時間を過ぎると、ウイルスの増殖がすでにピークを過ぎているため、効果が限定的になります。
対症療法
抗ウイルス薬に加えて、症状を和らげるための対症療法も重要です。
解熱鎮痛薬: 高熱や頭痛、筋肉痛などの症状を和らげるために使用します。ただし、以下の点に注意が必要です。
- アセトアミノフェン(カロナール®など)が第一選択
- イブプロフェンなども使用可能
- アスピリンは、15歳未満の小児・若年者では使用禁忌(ライ症候群のリスク)
- 薬剤師や医師に相談の上、適切な薬剤を選択
その他の対症療法:
- 十分な水分補給(脱水予防)
- 栄養補給(食欲がない場合は、消化の良いものから)
- 安静(無理をせず、十分な休養を取る)
自宅療養の注意点
インフルエンザと診断された場合、多くのケースで自宅療養となります。以下の点に注意しましょう。
1. 十分な休養 無理をせず、体を休めることが回復への近道です。仕事や学校は無理に行かず、しっかりと休みましょう。
2. 水分補給 高熱により脱水になりやすいため、こまめに水分を摂取します。水、スポーツドリンク、経口補水液などが適しています。
3. 栄養補給 食欲がない場合でも、少量ずつでも食事を摂るよう心がけます。おかゆ、うどん、スープなど消化の良いものが適しています。
4. 室内環境の管理
- 室温:20〜23℃程度
- 湿度:50〜60%
- 定期的な換気
5. 他の家族への感染予防 前述の家族内感染予防対策を実施します。
6. 症状の観察 以下のような症状が現れた場合は、すぐに医療機関に連絡または受診してください。
- 呼吸が苦しい、息切れがする
- 胸の痛みが続く
- 意識がもうろうとする
- けいれんを起こす
- 嘔吐が続き、水分が取れない
- 尿が半日以上出ない
いつから登校・出勤できるか
インフルエンザに罹患した場合、他の人への感染を防ぐため、一定期間は出席や出勤を控える必要があります。
学校保健安全法による出席停止期間:
- 発症後5日を経過し、かつ
- 解熱後2日(幼児は3日)を経過するまで
例えば、月曜日に発症(この日が0日目)し、水曜日に解熱した場合:
- 発症後5日:土曜日まで
- 解熱後2日:金曜日まで → 土曜日から登校可能(ただし土日を挟む場合は月曜日から)
職場復帰の目安: 職場によって規定が異なる場合がありますが、一般的には学校と同様の基準が推奨されています。ただし、咳などの症状が残っている場合は、マスクを着用するなどの配慮が必要です。
また、症状が消失しても、発症後7日程度はウイルスを排出している可能性があるため、マスク着用や手洗いの徹底など、周囲への配慮を続けることが大切です。
インフルエンザの合併症と重症化
主な合併症
インフルエンザそのものも辛い疾患ですが、時として重篤な合併症を引き起こすことがあります。
1. インフルエンザ肺炎 インフルエンザウイルスが直接肺に感染して起こる肺炎です。高齢者や基礎疾患のある方に多く見られます。重症化すると呼吸不全に至ることがあり、入院治療が必要になります。
2. 二次性細菌性肺炎 インフルエンザにより気道の防御機能が低下したところに、肺炎球菌や黄色ブドウ球菌などの細菌が感染して起こる肺炎です。インフルエンザの症状が一旦改善した後に、再び高熱や咳が悪化する場合は、この合併症を疑います。
3. インフルエンザ脳症 主に小児(特に5歳以下)に見られる重篤な合併症です。急激に意識障害やけいれん、異常行動などが出現します。早期発見・早期治療が生命予後を左右するため、以下のような症状が見られた場合は、直ちに救急受診が必要です。
- けいれんが続く、または繰り返す
- 意識がもうろうとする
- 呼びかけに反応しない
- 意味不明なことを言う
- 幻覚が見える
4. 心筋炎・心膜炎 まれですが、インフルエンザウイルスが心臓に感染することがあります。胸痛、動悸、息切れなどの症状が現れます。
5. 筋炎 特にインフルエンザB型で起こりやすい合併症です。ふくらはぎを中心とした強い筋肉痛や、歩行困難などの症状が現れます。
重症化しやすい人
以下のような方は、インフルエンザが重症化しやすいため、特に注意が必要です。
高リスク群:
- 65歳以上の高齢者
- 5歳以下の乳幼児(特に2歳未満)
- 妊婦(特に妊娠後期)
- 慢性呼吸器疾患のある方(喘息、COPD、間質性肺炎など)
- 心血管疾患のある方(心不全、冠動脈疾患など)
- 糖尿病、腎臓病、肝臓病などの代謝性疾患のある方
- 免疫機能が低下している方(HIV感染症、抗がん剤治療中、ステロイド長期使用中など)
- 極端な肥満の方(BMI 40以上)
- 長期療養施設に入所している方
これらに該当する方は、軽い症状であっても早めに医療機関を受診し、抗ウイルス薬の投与を受けることが推奨されます。また、ワクチン接種による予防がより一層重要になります。
インフルエンザによる異常行動
インフルエンザ罹患時、特に小児・未成年者において、飛び降りや転落などの異常行動が報告されています。これは、抗インフルエンザウイルス薬の服用の有無にかかわらず発生することが知られています。
発症後2日間は、以下の対策を講じることが推奨されます。
家庭での注意点:
- 子どもだけを残して外出しない
- 玄関や窓の施錠を確実に行う(特に高層階)
- ベランダに面していない部屋で寝かせる
- 一戸建ての場合は1階で寝かせる
- 異常な言動・行動がないか、こまめに確認する

よくある質問(Q&A)
A1. はい、ワクチンを接種しても感染する可能性はあります。インフルエンザワクチンの有効性は約50〜60%程度とされており、完全に感染を防げるわけではありません。
しかし、ワクチンの最も重要な効果は重症化の予防です。仮に感染しても、ワクチンを接種していれば症状が軽く済み、入院や死亡のリスクを大幅に減らすことができます。特に高齢者では、死亡を82%阻止する効果が報告されています。
また、自分が感染しにくくなることで、周囲の人(特にワクチンを受けられない乳児や、免疫力の低下した家族など)への感染を防ぐという社会的な意義もあります。
A2. はい、インフルエンザと新型コロナウイルスの同時感染は起こり得ます。これは「ツインデミック」とも呼ばれ、医療機関では注意が払われています。
症状だけで両者を区別することは困難です。高熱、咳、倦怠感など、症状が重複しているためです。正確な診断のためには、インフルエンザと新型コロナの両方の検査を受ける必要があります。現在、多くの医療機関では同時検査が可能なキットも導入されています。
予防策としては、インフルエンザワクチンと新型コロナワクチンの両方を接種すること、そして日常的な感染予防対策(手洗い、マスク着用、換気など)を継続することが重要です。
Q3. 家族がインフルエンザにかかったら、どうすればよいですか?
A3. 家族内での感染拡大を防ぐため、以下の対策を実施してください。
感染者の隔離:
- 可能であれば個室で療養
- 部屋から出る際はマスク着用
- 看病する人を限定(できれば健康で免疫力のある一人)
環境対策:
- 定期的な換気
- ドアノブ、スイッチなど頻繁に触れる場所の消毒
- タオル、食器などの共有を避ける
個人対策:
- こまめな手洗い・手指消毒
- マスクの着用
- 十分な睡眠と栄養
高リスク者の保護:
- 高齢者、乳幼児、基礎疾患のある家族は、感染者との接触を極力避ける
- 必要に応じて、医師に相談の上、予防内服を検討
Q4. インフルエンザは何度もかかりますか?
A4. はい、インフルエンザには何度でも感染する可能性があります。
主な理由は以下の通りです:
- ウイルスの変異: インフルエンザウイルス、特にA型は年々変異を繰り返すため、過去に感染したウイルスと今年流行するウイルスは異なる場合があります。そのため、以前獲得した免疫が十分に働かないことがあります。
- 型の違い: インフルエンザにはA型とB型があり、さらにA型には複数の亜型があります。A型H1N1に感染したことがあっても、A型H3N2やB型には感染する可能性があります。
- 免疫の減弱: インフルエンザに対する免疫は、時間とともに徐々に弱まっていきます。
- 同一シーズン内での再感染: まれですが、同じシーズン内に異なる型のインフルエンザに2回感染することもあります。
このため、過去にインフルエンザにかかったことがある方でも、毎年ワクチン接種を受けることが推奨されます。
Q5. 自然感染とワクチン接種、どちらの免疫が強いですか?
A5. 一般的に、自然感染による免疫の方が、ワクチンによる免疫よりも強く長く続くとされています。
しかし、それでもワクチン接種が推奨される理由があります:
- リスクの違い: 自然感染では、重症化や合併症のリスクが伴います。特に高齢者や基礎疾患のある方では、命に関わる可能性もあります。一方、ワクチンは重篤な副反応が極めて少なく、安全に免疫を獲得できます。
- 社会的影響: インフルエンザに感染すれば、他の人にも感染を広げるリスクがあります。また、仕事や学校を休まなければならず、社会的・経済的損失も大きくなります。
- 予防可能: ワクチンは感染前に接種できますが、自然感染は「わざと感染する」わけにはいきません。
したがって、「自然に免疫を獲得する」ことを期待するのではなく、安全なワクチン接種により予防することが賢明です。
Q6. 市販の風邪薬でインフルエンザは治りますか?
A6. 市販の風邪薬は、インフルエンザウイルスそのものを退治する効果はありません。これらの薬は、発熱や鼻水、咳などの症状を和らげる対症療法の薬です。
インフルエンザに対しては、抗インフルエンザウイルス薬(処方薬)を発症後48時間以内に使用することで、ウイルスの増殖を抑え、症状の持続期間を短縮できます。
ただし、症状が軽く、重症化のリスクが低い場合は、抗ウイルス薬を使わずに対症療法と安静だけで回復を待つという選択肢もあります。医師と相談の上、個々の状況に応じた治療方針を決定することが大切です。
また、市販の風邪薬を使用する場合、アスピリンを含む製品は15歳未満では使用禁忌であることに注意してください(ライ症候群のリスク)。薬剤師に相談の上、適切な製品を選びましょう。
Q7. 熱が下がったらすぐに学校や仕事に行ってもよいですか?
A7. いいえ、熱が下がってもすぐに登校・出勤することは避けるべきです。
学校保健安全法では、以下のように定められています:
- 発症後5日を経過し、かつ
- 解熱後2日(幼児は3日)を経過するまで出席停止
これは、熱が下がった後もしばらくはウイルスを排出し続けるためです。早期に登校・出勤すると、周囲に感染を広げるリスクがあります。
職場についても、同様の基準を適用することが推奨されます。また、登校・出勤が可能となった後も、咳などの症状が残っている場合は、マスクを着用するなど周囲への配慮が必要です。
自分の体調だけでなく、周囲の人の健康も考え、十分に回復してから社会復帰しましょう。
まとめ
インフルエンザは、毎年多くの人が感染する身近な感染症ですが、決して侮ることのできない疾患です。特に2025年シーズンは例年より早い流行開始となっており、香港A型(A/H3N2)を中心とした流行が続いています。
インフルエンザ予防の三本柱:
- ワクチン接種: 最も効果的な予防法。重症化を防ぐ効果は特に高い
- 日常的な予防対策: 手洗い、マスク、換気、適度な湿度管理
- 体調管理: 十分な睡眠、バランスの取れた栄養、適度な運動
感染が疑われる場合:
- 早めの医療機関受診(発症後48時間以内)
- 抗ウイルス薬による治療
- 十分な安静と水分補給
- 他の人への感染拡大防止
重症化しやすい方は特に注意:
- 65歳以上の高齢者
- 5歳以下の乳幼児
- 妊婦
- 基礎疾患のある方
これらの方は、軽い症状でも早めに受診し、予防的なワクチン接種を欠かさないことが重要です。
インフルエンザは、個人の予防努力と社会全体での感染対策により、その影響を最小限に抑えることができます。一人ひとりが正しい知識を持ち、適切な行動を取ることで、自分自身だけでなく、家族や周囲の人々の健康も守ることができます。
参考文献・情報源
本記事は以下の信頼できる情報源を参考に作成いたしました。
- 厚生労働省「インフルエンザに関する報道発表資料 2025/2026シーズン」
- 厚生労働省「インフルエンザ(総合ページ)」
- 国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所「インフルエンザ流行レベルマップ」
- 国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所「インフルエンザとは」
- 厚生労働省「インフルエンザQ&A」
- 日本感染症学会「インフルエンザ診療ガイドライン」
※本記事は2025年11月時点の情報に基づいて作成されています。最新の流行状況や治療方針については、上記の公的機関の情報をご確認ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務