Vラインのしこり・押すと痛い症状の原因と対処法｜医療コラム

はじめに

Vライン（鼠径部・ビキニライン）にしこりができて押すと痛みを感じる症状は、多くの女性が経験する一般的な問題です。しかし、デリケートな部位のため「恥ずかしくて受診できない」「どの科に行けばいいかわからない」といった理由で、適切な治療を受けずに悩んでいる方も少なくありません。

Vラインのしこりは様々な原因で発生し、放置すると症状が悪化する可能性があります。本コラムでは、Vラインにできるしこりの原因、症状、診断方法、治療法について、医学的根拠に基づいて詳しく解説いたします。

Vラインとは

Vラインとは、足の付け根から斜め上に向かうライン、いわゆるビキニライン付近の領域を指します。医学的には「鼠径部（そけいぶ）」と呼ばれ、恥骨の左右外側部分にあたります。この部位には以下の重要な構造が存在します：

• リンパ節：感染や炎症に対する免疫反応の場
• 皮脂腺・汗腺：皮脂や汗を分泌する腺組織
• 毛包：アンダーヘアが生える毛穴
• バルトリン腺：女性特有の分泌腺（膣口付近）
• 皮下組織：脂肪組織や結合組織

Vラインにしこりができやすい理由

Vラインは以下の理由から、しこりができやすい部位として知られています：

1. 摩擦による刺激

下着や衣服との摩擦が常に加わるため、皮膚や毛穴にダメージを受けやすくなります。特にタイトな下着や化繊素材の衣類は摩擦を増大させる要因となります。

2. 湿度と温度環境

汗がこもりやすく、高温多湿な環境は細菌やカビの繁殖に適しています。この環境により感染症のリスクが高まります。

3. ムダ毛処理によるダメージ

カミソリや毛抜き、脱毛クリームなどによるムダ毛処理は、皮膚に微細な傷を作り、細菌感染の入り口となります。

4. 分泌腺の活発性

皮脂や汗の分泌が活発な部位であり、毛穴の詰まりや腺の閉塞が起こりやすくなります。

5. リンパ節の存在

鼠径部には多くのリンパ節が存在し、下肢や外陰部の感染に対する免疫反応でリンパ節が腫脹しやすい部位です。

Vラインのしこりの主要な原因

1. バルトリン腺嚢胞・膿瘍

概要

バルトリン腺は女性の膣口付近の左右に存在する、えんどう豆ほどの大きさの分泌腺です。性行為時の潤滑液を分泌する重要な役割を果たしています。バルトリン腺の出口が何らかの原因で閉塞すると、分泌液が内部に溜まって嚢胞を形成します。

症状の特徴

• 初期段階：小さな腫れ、軽い違和感
• 嚢胞期：ピンポン球大まで腫脹、圧迫感
• 感染期（膿瘍）：激しい痛み、発熱、歩行困難

発症年齢と頻度

バルトリン腺嚢胞は約2％の女性に発症し、通常20代に多く見られます。加齢とともに発症の可能性は低下する傾向があります。

診断方法

• 視診・触診による確認
• 分泌物の細菌培養検査
• 40歳以上では悪性腫瘍除外のための生検検討

治療法

保存的治療：

• 温坐浴（10-15分、1日2回）
• 抗生物質内服（感染を伴う場合）

外科的治療：

• 穿刺吸引
• 切開排膿
• マルスピアリゼーション（造袋術）
• 完全摘出術（再発例）

2. 粉瘤（アテローム・表皮嚢腫）

概要

皮膚の下に袋状の構造ができ、その中に角質や皮脂などの老廃物が蓄積された状態です。全身どこにでもできますが、Vラインは特に発症しやすい部位です。

症状の進行

初期段階：

• 数mm程度の小さなしこり
• 痛みなし、肌色もしくは白っぽい色
• 中央に黒い開口部が見える場合がある

成長期：

• 徐々に大きくなる（数cmまで）
• 押すと弾力性がある
• 特有の悪臭を伴う場合がある

炎症期：

• 細菌感染により赤く腫れる
• 強い痛み、熱感
• 膿の排出

治療法

粉瘤は自然治癒することがないため、手術による完全摘出が必要です。

手術方法：

• くりぬき法：小さな切開で内容物と袋を摘出
• 切開法：腫瘍を一塊として摘出
• 手術時間：5-20分程度（サイズによる）
• 日帰り手術が可能

3. 毛嚢炎・毛包炎

概要

毛根を包む毛包に細菌が感染して起こる炎症です。Vラインのムダ毛処理後に頻発します。

原因菌

• 黄色ブドウ球菌（最多）
• 表皮ブドウ球菌
• 大腸菌
• 緑膿菌（温浴毛包炎）

症状の段階

軽度毛嚢炎：

• 毛穴に一致した赤い丘疹
• 軽度の痛み、かゆみ
• 1週間程度で自然治癒

中等度毛嚢炎：

• 膿疱の形成
• 周囲の発赤、腫脹
• 圧痛

重度（せつ・よう）：

• 硬いしこりの形成
• 激しい痛み、発熱
• 切開排膿が必要

治療法

軽度：

• 患部の清潔保持
• 抗菌薬外用剤

中等度以上：

• 抗生物質内服
• 切開排膿（重度例）

予防法

• 正しいムダ毛処理方法の実践
• 清潔で鋭利なカミソリの使用
• 処理後の十分な保湿
• 皮膚の清潔保持

4. 脂肪腫

概要

皮下に発生する良性の脂肪組織の腫瘍です。全身どこにでもできますが、鼠径部も好発部位の一つです。

症状の特徴

• 柔らかく可動性のあるしこり
• 通常は痛みがない
• ゆっくりと成長
• 数cm～10cm以上になることもある

診断

• 触診による確認
• 超音波検査
• MRI検査（大きな腫瘤の場合）

治療

無症状で小さなものは経過観察が可能ですが、以下の場合は手術適応となります：

• 急速な増大
• 神経圧迫による痛み
• 美容上の問題
• 日常生活への支障

5. リンパ節腫脹

概要

鼠径部には多くのリンパ節が存在し、下肢や外陰部の感染や炎症に対する反応でリンパ節が腫れることがあります。

原因

感染性：

• 細菌感染
• ウイルス感染
• 真菌感染
• 性感染症

非感染性：

• 自己免疫疾患
• 悪性腫瘍の転移
• 薬剤性

症状の特徴

感染性リンパ節炎：

• 痛みを伴う腫脹
• 発熱、全身倦怠感
• 可動性あり

悪性リンパ節腫脹：

• 痛みがない場合が多い
• 硬く固定される
• 急速な増大

診断・治療

• 血液検査
• 画像検査（超音波、CT、MRI）
• 生検（悪性が疑われる場合）
• 原因疾患の治療

6. 鼠径ヘルニア

概要

腹部の内容物が鼠径部の筋膜の隙間から突出する状態で、脱腸とも呼ばれます。

症状

• 立位や力んだ時に現れるしこり
• 横になると消失
• 違和感、鈍痛
• 嵌頓時は激痛

合併症

嵌頓ヘルニア：

• 突出した内容物が戻らなくなる
• 血流障害
• 腸閉塞
• 緊急手術が必要

治療

• 手術による修復が基本
• メッシュを用いた修復術
• 腹腔鏡下手術

7. 接触性皮膚炎（かぶれ）

概要

下着、ナプキン、脱毛剤などの刺激物質や アレルゲンが皮膚に接触することで起こる炎症反応です。

原因物質

• 化学繊維の下着
• 洗剤、柔軟剤
• 生理用品
• 脱毛クリーム
• ゴム（コンドーム）

症状

• かゆみ、ヒリヒリ感
• 発疹、水疱
• 慢性化すると皮膚の肥厚

治療

原因除去：

• 原因物質の特定と除去
• 木綿製下着への変更
• 無添加製品の使用

薬物療法：

• ステロイド外用薬
• 抗ヒスタミン薬
• 保湿剤

8. その他の原因

性器ヘルペス

• 単純ヘルペスウイルス感染
• 水疱、潰瘍形成
• 激しい痛み
• 抗ウイルス薬による治療

尖圭コンジローマ

• ヒトパピローマウイルス（HPV）感染
• イボ状の隆起
• 性感染症の一種
• 液体窒素、レーザー治療

外陰がん

• 稀だが重要な疾患
• 40歳以上で注意
• 早期発見・治療が重要
• 生検による確定診断

しこりの性状による見分け方

硬さによる分類

硬いしこり：

• 粉瘤（炎症時）
• リンパ節腫脹
• 悪性腫瘍

柔らかいしこり：

• 脂肪腫
• バルトリン腺嚢胞
• 鼠径ヘルニア

可動性による分類

可動性あり：

• 脂肪腫
• 良性リンパ節腫脹
• 粉瘤

可動性なし（固定）：

• 悪性腫瘍
• 炎症性疾患

痛みの有無

痛みあり：

• 炎症性粉瘤
• バルトリン腺膿瘍
• 毛嚢炎
• 感染性リンパ節炎

痛みなし：

• 脂肪腫
• 非炎症性粉瘤
• 悪性腫瘍（初期）

受診のタイミングと目安

緊急受診が必要な症状

• 激しい痛み
• 高熱（38℃以上）
• 急速な腫脹
• 皮膚の色調変化（紫色、黒色）
• 歩行困難

早期受診が推奨される症状

• 2週間以上持続するしこり
• 徐々に大きくなるしこり
• 複数のしこりの出現
• 40歳以上での新たなしこり
• 全身症状（発熱、体重減少、倦怠感）

経過観察可能な症状

• 小さく痛みのないしこり
• 可動性があり柔らかいしこり
• 生理周期に関連した変化

ただし、経過観察中でも症状の変化があれば早めの受診を推奨します。

診察時の準備と受診科

受診する診療科

婦人科：

• バルトリン腺疾患
• 外陰部のできもの全般
• 性感染症

皮膚科・形成外科：

• 粉瘤
• 脂肪腫
• 皮膚炎
• 毛嚢炎

外科：

• 鼠径ヘルニア
• リンパ節疾患

総合診療科・内科：

• 初診時の振り分け
• 全身疾患の除外

診察前の準備

症状の記録：

• いつから気づいたか
• 大きさの変化
• 痛みの有無と程度
• 随伴症状

関連する要因：

• ムダ毛処理の方法と時期
• 使用している下着や化粧品
• 生理周期との関連
• 性行為歴

持参するもの：

• 健康保険証
• お薬手帳
• 基礎体温表（あれば）

検査・診断方法

基本的な診察

視診：

• しこりの大きさ、形状、色調
• 皮膚表面の状態
• 周囲の炎症所見

触診：

• 硬さ、可動性
• 圧痛の有無
• 境界の明瞭性

追加検査

血液検査：

• 炎症反応（CRP、白血球数）
• 感染症マーカー
• 腫瘍マーカー（必要時）

画像検査：

• 超音波検査：最も有用
• CT、MRI：大きな腫瘤や深部病変
• マンモグラフィー（リンパ節評価）

細菌学的検査：

• 分泌物の培養検査
• 薬剤感受性試験

病理学的検査：

• 細胞診
• 組織生検（悪性が疑われる場合）

治療法の詳細

保存的治療

薬物療法：

抗生物質：

• セフェム系：セファレキシン、セファゾリン
• ペニシリン系：アモキシシリン
• フルオロキノロン系：レボフロキサシン
• 外用薬：ゲンタマイシン軟膏、フシジン酸軟膏

消炎薬：

• NSAIDs：ロキソプロフェン、イブプロフェン
• ステロイド外用薬：ベタメタゾン、プレドニゾロン

抗ヒスタミン薬：

• 第2世代：セチリジン、ロラタジン
• 第1世代：クロルフェニラミン

物理療法：

• 温坐浴：1日2-3回、10-15分
• 冷湿布：急性炎症期
• 安静、患部の保護

外科的治療

局所麻酔下の処置：

• 穿刺吸引：嚢胞性疾患
• 切開排膿：膿瘍形成例
• 小手術：粉瘤摘出など

全身麻酔下の手術：

• 大きな腫瘍の摘出
• 悪性腫瘍の根治術
• 鼠径ヘルニア修復術

日帰り手術の適応

以下の条件を満たす場合、日帰り手術が可能です：

• 腫瘍径5cm以下
• 周囲との癒着が軽度
• 全身状態が良好
• 術後の通院が可能

予防法と日常生活での注意点

基本的な予防法

清潔保持：

• 毎日の入浴・シャワー
• 外陰部の適切な洗浄
• 汗をかいた後の着替え

適切な下着の選択：

• 通気性の良い素材（綿、シルク）
• 適正サイズの着用
• 締め付けの少ないデザイン

ムダ毛処理の改善：

• 清潔な器具の使用
• 処理前後の消毒
• 処理後の保湿ケア
• 専門施設での脱毛検討

生活習慣の改善

栄養・食事：

• バランスの取れた食事
• ビタミン・ミネラルの十分な摂取
• 水分補給の心がけ

運動・睡眠：

• 適度な運動による血行促進
• 十分な睡眠時間の確保
• ストレス管理

免疫力の維持：

• 規則正しい生活リズム
• 禁煙・節酒
• 定期的な健康診断

特別な注意が必要な状況

生理中：

• ナプキンの頻回交換
• 通気性の良い生理用品の選択
• デリケートゾーン専用の洗浄剤使用

妊娠中：

• ホルモン変化による皮膚トラブル増加
• 医師との相談のもとでの治療
• 使用薬剤の制限

更年期：

• エストロゲン減少による皮膚変化
• 保湿ケアの強化
• 定期的な婦人科受診

よくある質問と回答

まとめ

Vラインのしこりは、多くの場合適切な診断と治療により完治可能な疾患です。しかし、放置すると症状が悪化し、より侵襲的な治療が必要になったり、日常生活に大きな影響を与えたりする可能性があります。

重要なポイント：

1. 早期受診の重要性：症状に気づいたら恥ずかしがらずに医療機関を受診する
2. 適切な診療科の選択：症状に応じて婦人科、皮膚科、形成外科を選択する
3. 正確な診断：自己判断せず、専門医による診察と検査を受ける
4. 個別化された治療：患者の状態に応じた最適な治療法を選択する
5. 予防の重要性：日常生活の改善により再発予防を図る

参考文献

1. Hill DA, Lense JJ. Office management of Bartholin gland cysts and abscesses. American Family Physician. 1998;57(7):1611-1616.
2. Marzano DA, Haefner HK. The bartholin gland cyst: past, present, and future. Journal of Lower Genital Tract Disease. 2004;8(3):195-204.
3. 日本形成外科学会編. 形成外科診療ガイドライン. 2021年版.
4. 日本産科婦人科学会編. 産科婦人科用語集・用語解説集. 改訂第4版.
5. 日本皮膚科学会編. 皮膚科診療ガイドライン大系. 最新版.
6. Berger MB, Betschart C, Khandwala N, et al. Incidental Bartholin gland cysts identified on pelvic magnetic resonance imaging. Obstetrics & Gynecology. 2012;120(4):798-802.
7. 日本臨床外科学会編. 臨床外科学会雑誌. 鼠径ヘルニア診療ガイドライン.

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監修者医師

高桑　康太 医師

略歴

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• 2009年　東京大学医学部医学科卒業
• 2009年　東京逓信病院勤務
• 2012年　東京警察病院勤務
• 2012年　東京大学医学部附属病院勤務
• 2019年　当院治療責任者就任

佐藤　昌樹 医師

保有資格

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日本整形外科学会整形外科専門医

略歴

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• 2010年　筑波大学医学専門学群医学類卒業
• 2012年　東京大学医学部付属病院勤務
• 2012年　東京逓信病院勤務
• 2013年　独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
• 2015年　国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務