朝礼で突然倒れてしまった、採血中に気分が悪くなって意識を失いそうになった――このような経験をお持ちの方は少なくありません。多くの場合、これらの症状は「迷走神経反射(血管迷走神経反射)」によって引き起こされています。失神の原因として最も多いとされるこの現象について、池袋で診療を行うアイシークリニックの医師が、わかりやすく解説します。

迷走神経反射とは
迷走神経反射(めいそうしんけいはんしゃ)は、医学的には「血管迷走神経性失神」や「血管迷走神経反射」とも呼ばれ、自律神経反射の一つです。厚生労働省の新型コロナワクチンQ&Aでは、「血管迷走神経反射では、様々な原因によって、副交感神経が活発になり、血圧の低下、脈拍の減少などが生じる」と説明されています。
簡単に言えば、強いストレスや痛み、長時間の立位などをきっかけに、副交感神経が過剰に反応し、心拍数が減少して血圧が低下することで、脳への血流が一時的に不足する状態です。その結果、めまいや気分不良が起こり、場合によっては失神に至ることがあります。
失神の原因として最も多い
一般財団法人 君津健康センターによると、「脳血管疾患や心疾患など、重篤な疾患で起こっていることもあるのですが、一番頻度が多いのは血管迷走神経反射」とされており、失神を起こす原因として最も一般的な現象です。
年齢を問わず起こる
迷走神経反射は、10代から30代の若年層に多く見られる傾向がありますが、実際にはどの年齢層でも起こり得る現象です。特に、几帳面で真面目な性格の方や、緊張しやすい方に多く見られる傾向があります。
生命への影響は少ない
メディカルノートによると、「横になって休むと脳の血流が回復して症状が改善し、通常1分以内に意識が回復します。そのため、脳の後遺症が起こることはありません」とされています。迷走神経反射自体は生命を脅かすものではなく、後遺症を残すこともほとんどありません。
ただし、失神による転倒で頭部を打撲したり、骨折などの外傷を負うリスクがあるため、前兆を感じた際の適切な対処が重要です。
迷走神経反射が起こるメカニズム
迷走神経反射がなぜ起こるのか、そのメカニズムを理解することは、予防と対処において非常に重要です。
自律神経のバランス
人間の体は、自律神経によって常にバランスが保たれています。自律神経には、活動時に優位になる「交感神経」と、リラックス時に優位になる「副交感神経」の2つがあります。
- 交感神経:心拍数を上げ、血管を収縮させて血圧を上昇させる
- 副交感神経(迷走神経):心拍数を下げ、血管を拡張させて血圧を低下させる
通常、この2つの神経は状況に応じて適切に切り替わり、体の状態を調整しています。しかし、強いストレスや痛み、長時間の立位などの刺激により、副交感神経が過剰に反応してしまうことがあります。
迷走神経の過剰反応
日本救急医学会の用語集では、迷走神経反射について「ストレス、強い疼痛、排泄、腹部内臓疾患などによる刺激が迷走神経求心枝を介して、脳幹血管運動中枢を刺激し、心拍数の低下や血管拡張による血圧低下などをきたす生理的反応」と説明されています。
具体的には、以下のようなメカニズムで症状が現れます。
- 強いストレスや刺激が体に加わる
- 交感神経が過剰に興奮し、心臓に過負荷がかかる
- この情報が脳に伝わる
- 脳が過剰反応を抑えるため、副交感神経を強く活性化させる指令を出す
- 血管が拡張し、心拍数が低下して血圧が下がる
- 脳への血流が減少し、症状が出現する
このメカニズムは、本来は体を守るための防衛反応です。しかし、反応が過剰になることで、かえって症状を引き起こしてしまうのです。
迷走神経反射の原因と誘因
迷走神経反射を引き起こす原因や誘因は多岐にわたります。大きく分けると、身体的・精神的要因と環境的要因の2つに分類できます。
身体的・精神的要因
長時間の立位・座位
長時間同じ姿勢を続けることは、迷走神経反射の最も一般的な誘因の一つです。
- 朝礼や式典での長時間の立ちっぱなし
- 満員電車での長時間の立位
- デスクワークでの長時間の座位
立った姿勢では、重力によって血液が下半身に溜まりやすくなります。通常は交感神経の働きで血管が収縮し、血圧を維持しますが、長時間立ち続けることで血液循環が悪化し、迷走神経が過剰に反応してしまうことがあります。
疲労・睡眠不足
体力的・精神的な疲労や睡眠不足は、自律神経のバランスを崩しやすくします。
- 徹夜明けや睡眠不足の状態
- 過度な肉体労働や運動後
- 精神的ストレスが蓄積している状態
疲労が溜まっている状態では、自律神経の調節機能が低下し、迷走神経反射が起こりやすくなります。
強い痛みや恐怖
強い痛みや恐怖感も、迷走神経反射の重要な誘因です。
- 採血や注射の際の痛みや緊張
- 外傷による強い痛み
- 医療処置への恐怖心
- 血液を見ることへの恐怖
特に、注射や採血が苦手な方は、処置前の不安感や恐怖、針を刺すことによる痛みなどが大きなストレスとなり、迷走神経反射が起こりやすくなります。実際、成人の10人に1人が「注射恐怖症」を抱えているとされています。
排泄時の刺激
排尿や排便時にも迷走神経反射が起こることがあります。
- 排尿時失神(特に夜間トイレでの失神)
- 排便時の強いいきみ
- 長時間の便意・尿意の我慢後
排泄時には腹圧がかかり、さらに副交感神経が活発になるため、血圧が低下しやすい状態になります。
その他の身体的要因
- 脱水状態:体内の水分が不足すると血液量が減少し、血圧が下がりやすくなる
- 空腹状態:低血糖状態では脳へのエネルギー供給が不足する
- 飲酒:血管拡張作用により血圧が低下しやすくなる
- 生理周期:女性の場合、月経時にホルモンバランスの変化で起こりやすい
環境的要因
温度環境
- 高温多湿な環境:暑い場所では血管が拡張し、血圧が下がりやすい
- 急激な温度変化:温かい場所から急に寒い場所へ移動するなど
- 人混みや密閉空間:換気が悪く暑い場所での長時間滞在
夏場の満員電車や、暑い日の屋外イベントなどは特に注意が必要です。
精神的ストレス環境
- 人前でのプレゼンテーション:緊張やストレス
- 試験や面接:強いプレッシャー
- 人混みや閉鎖空間:圧迫感や不安感
薬剤の影響
一部の薬剤も迷走神経反射を引き起こす可能性があります。
- 降圧薬(α遮断薬、硝酸薬、利尿薬など)
- 抗不整脈薬
- 血管拡張薬
これらの薬を服用している方で失神が起こった場合は、かかりつけの医師に相談し、薬剤の減量や変更を検討する必要があります。
迷走神経反射の症状
迷走神経反射では、失神に至る前に多くの場合で前駆症状(ぜんくしょうじょう)が現れます。これらの前兆を早期に認識することで、失神による転倒や怪我を防ぐことができます。
前駆症状(失神前の前兆)
脳への血流が低下し始めると、以下のような前駆症状が現れます。典型的には、上から順番に症状が進行していくことが多いです。
初期の症状
- 気分不良:なんとなく気持ち悪い、調子が悪い
- 冷や汗:急に汗が噴き出す
- 顔面蒼白:血の気が引く感じ、顔色が悪くなる
- 生あくび:眠くないのにあくびが出る
進行した症状
- めまい・ふらつき:立っていられない感じ
- 吐き気・嘔吐:強い吐き気や実際に嘔吐することも
- 視覚異常
- 視界がぼやける
- 目の前が暗くなる(眼前暗黒感)
- 視野が狭くなる
- 視界がちらつく
- 聴覚異常:音が遠くに聞こえる、耳鳴りがする
- 頭痛・頭重感:頭が重い、痛い
- 腹痛・腹部不快感
直前の症状
- 強い脱力感:力が入らない
- 意識がもうろうとする:ぼーっとする
- 急激な眠気
これらの前駆症状は数秒から数分間続き、その後に失神に至ることがあります。ただし、前駆症状がほとんど現れずに突然失神することもあるため、注意が必要です。
失神(意識消失)
前駆症状の後、脳への血流がさらに低下すると失神が起こります。
失神の特徴
- 持続時間:通常は1分以内、長くても数分以内に意識が回復する
- 回復の早さ:横になって休むことで比較的速やかに回復する
- 後遺症:通常は後遺症を残さない
心臓が原因で起こる失神の場合は数秒で意識を失うことが多いのに対し、迷走神経反射による失神では前駆症状が数分間続くことが特徴です。
失神後の状態
失神から回復した後も、しばらくは以下のような症状が続くことがあります。
- 倦怠感(だるさ)
- ふらつき
- 軽度の頭痛
- 不安感
これらの症状は徐々に改善していきますが、完全に回復するまで無理をせず、十分に休息を取ることが大切です。
特殊なケース
排尿時失神(排尿失神)
排尿時に起こる失神で、特に以下のような状況で起こりやすいとされています。
- 夜間、寝床から起きてすぐトイレに行った時
- 長時間尿意を我慢した後の排尿時
- 飲酒後の排尿時
排尿時には腹圧の変化や副交感神経の活性化により、血圧が低下しやすくなります。
注射・採血時の失神
採血や予防接種などの医療処置時に起こる失神です。
- 針を刺す前の緊張や不安
- 針を刺した時の痛み
- 血液を見ることへの恐怖
厚生労働省のワクチンQ&Aでは、「緊張や痛みなどのストレスによって、血管迷走神経反射は、新型コロナワクチンに限らず、ワクチン接種時や血液検査の際に生じることがある」と説明されています。
迷走神経反射の診断方法
迷走神経反射の診断は、主に問診を中心に行われます。ただし、失神は他の重篤な疾患でも起こるため、鑑別診断が非常に重要です。
問診による診断
医師は以下のような点について詳しく確認します。
失神時の状況
- どのような状況で失神が起こったか
- 長時間立っていた
- 採血や注射の際
- 排尿・排便時
- 人混みの中
- 姿勢はどうだったか(立位、座位、臥位)
- 失神前に誘因となる出来事はなかったか
前駆症状の有無
- 失神前に前兆はあったか
- どのような症状があったか
- 症状が現れてから失神までどのくらいの時間があったか
失神の持続時間と回復
- 意識を失っていた時間はどのくらいか
- どのように意識が回復したか
- 回復後の状態はどうだったか
過去の経歴
- 以前にも同様の症状があったか
- 頻度はどのくらいか
- 家族に失神を起こす人はいるか
基礎疾患・服薬歴
- 持病はあるか(特に心臓病、糖尿病など)
- 現在服用している薬はあるか(特に降圧薬など)
ティルト試験(Head-up Tilt Test)
慶應義塾大学病院の医療情報サイトKOMPASによると、ティルト試験は「失神の原因の1つに自律神経の調節異常があり、ティルト試験はその異常が起こりやすいかどうかを確認する検査」です。
検査の方法
- 患者さんに検査台の上に横になってもらう
- ベルトで体を固定し、静脈ラインを挿入
- 15分間仰臥位で安静にする
- 検査台を60〜80度まで傾けて45分間維持
- その間、症状やバイタルサイン(血圧、心拍数など)をモニタリング
検査前の注意事項
- 前日夜または検査前数時間は絶食
- 降圧薬などは検査結果に影響するため、医師の指示に従う
- 検査時間は約1時間程度
検査の意義
ティルト試験で陽性となった場合でも、その後に失神を起こさないケースもあるため、補助的な役割の検査とされています。診断の確定というよりも、自律神経の調節異常の程度を評価するための検査です。
鑑別診断のための検査
失神は迷走神経反射以外にも、以下のような疾患で起こることがあります。
危険な失神を起こす疾患
- 心疾患
- 不整脈(心室頻拍、完全房室ブロックなど)
- 心筋梗塞
- 大動脈弁狭窄症
- 肥大型心筋症
- 脳血管障害
- 脳梗塞
- 脳出血
- 一過性脳虚血発作(TIA)
- その他
- 肺塞栓症
- 大動脈解離
- 内出血(消化管出血など)
これらの疾患を除外するため、以下のような検査が行われることがあります。
実施される検査
- 心電図:不整脈や心筋梗塞の有無を確認
- 24時間ホルター心電図:日常生活中の不整脈を検出
- 運動負荷心電図:運動時の心臓の状態を評価
- 心臓超音波検査:心臓の構造や機能を評価
- 血液検査:貧血、電解質異常、血糖値、甲状腺機能などを確認
- 尿検査:腎機能や糖尿病の評価
- 頭部CT・MRI:脳血管障害の有無を確認
- 脳波検査:てんかんなどの除外
特に、中高年の方や、症状を繰り返す場合、心疾患や糖尿病などの基礎疾患がある場合は、これらの検査を行うことが推奨されます。
受診の目安
以下のような場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
必ず受診すべきケース
- 初めて失神を経験した
- 短期間に何度も失神を繰り返す
- 前駆症状なく突然意識を失った
- 失神後、意識が戻らない、または意識の状態が悪い
- 失神時に怪我をした
- 胸痛や動悸、息切れなどを伴う
- 中高年で初めて失神した
何科を受診すべきか
- 循環器内科:心臓や血管の疾患を専門とする
- 脳神経外科・脳神経内科:脳血管障害などを専門とする
- かかりつけ医:まずは相談し、必要に応じて専門医を紹介してもらう
日本循環器学会・日本不整脈心電学会・日本心臓病学会のガイドラインでは、失神の診断と治療について詳しく解説されており、医療機関での適切な評価が推奨されています。
迷走神経反射への対処法
迷走神経反射の前駆症状を感じたら、速やかに適切な対処をすることで、失神による転倒や怪我を防ぐことができます。
前駆症状を感じたら
1. すぐに横になる
最も重要な対処法は、すぐに横になることです。
- 可能な限り仰向けに横になる
- 足を心臓より高く上げる(座布団やクッションなどで足を20〜30cm程度高くする)
- 頭を低くすることで、重力により脳への血流が改善する
座るだけでは不十分です。座位では脳の位置が心臓より高いため、血流が改善しにくいのです。必ず横になるようにしましょう。
2. その場にしゃがみ込む
横になれない状況(電車内、トイレなど)では、次善の策として以下の対処をします。
- その場にしゃがみ込む:転倒による怪我のリスクを減らす
- 頭を膝の間に入れる:脳の位置を低くして血流を確保
- 壁や手すりにもたれる:安全を確保
3. 周囲に知らせる
- 「気分が悪い」と周囲の人に知らせる
- 助けを求める
- 一人で我慢しない
周囲の人に状況を知らせることで、転倒時のサポートや医療的な援助を受けやすくなります。
その場でできる応急的な対処
物理的対抗法(Physical Counter-Pressure Maneuvers)
前駆症状を感じた時に、以下のような動作を行うことで、一時的に血圧を上げ、失神を防ぐことができます。
- 足を交差させて組む(座位の場合):下半身の血液を心臓に戻す
- 両手を組んで引っ張り合う:全身の筋肉を使って血圧を上げる
- お腹を曲げてしゃがみ込む:脳の位置を低くする
- 立っている場合は足だけを動かす:ふくらはぎの筋肉ポンプ作用を利用
深呼吸
- ゆっくりと深く呼吸する
- 呼吸が浅くならないよう意識する
- パニックにならないよう落ち着く
体を温める
- 冷や汗をふき取る
- 可能であれば温かい飲み物を飲む(無理に飲ませない)
- 暖かい場所に移動する
失神した人への対処
周囲の人が失神した場合の対処法です。
1. 安全確保
- 倒れた人の周囲の危険物を取り除く
- 頭部を保護する
- 転倒による二次的な怪我がないか確認
2. 仰向けに寝かせる
- 仰向けの姿勢にする
- 足を20〜30cm程度高くする(クッションなどを使用)
- きつい衣服(ネクタイ、ベルトなど)を緩める
3. 気道確保
- 嘔吐している場合は顔を横に向ける
- 口の中に異物がないか確認
4. 意識の確認
- 声をかけて反応を見る
- 肩を軽くたたいて刺激する
- 呼吸の有無を確認
5. 救急車を呼ぶべき状況
以下の場合は直ちに救急車(119番)を呼びましょう。
- 数分経っても意識が戻らない
- 呼吸が止まっている、または異常な呼吸
- 顔色が悪く、唇が紫色になっている(チアノーゼ)
- けいれんを起こしている
- 頭部を強く打っている
- 高齢者や心疾患の既往がある
6. 回復後の対応
意識が回復しても、すぐに立ち上がらせてはいけません。
- しばらく(10〜15分程度)横になって休ませる
- 徐々に体を起こし、座位にする
- めまいや気分不良がないか確認してから立ち上がる
- 水分補給を促す
やってはいけないこと
- 無理に起こさない:意識がない状態で無理に座らせたり立たせたりしない
- 叩いたり揺すったりしない:強い刺激は避ける
- 口に物を入れない:窒息の危険がある
- すぐに歩かせない:再度失神する可能性がある
迷走神経反射の治療と予防
迷走神経反射に対しては、根本的な治療法は確立されておらず、生活指導を中心とした対症療法が基本となります。
生活指導
誘因の回避
最も基本的で効果的な予防法は、迷走神経反射を引き起こす誘因を避けることです。
- 長時間の立位を避ける
- 式典や朝礼では適宜座る機会を作る
- 満員電車では可能な限り座る、または混雑を避ける時間帯に移動
- 立ち仕事の場合は定期的に休憩を取る
- 長時間の座位を避ける
- デスクワークでは1時間に1回は立ち上がる
- ストレッチや軽い運動を取り入れる
- 十分な睡眠を取る
- 毎日7〜8時間の睡眠を確保
- 規則正しい生活リズムを保つ
- 夜更かしを避ける
- 脱水を避ける
- こまめに水分補給する(1日1.5〜2リットル程度)
- 特に夏場や運動時は意識的に水分を摂取
- アルコールやカフェインの過剰摂取を避ける
- 適度な塩分摂取
- 過度な減塩は避ける(医師の指示がある場合を除く)
- 汗をかいた時は塩分も補給
- 飲酒を控える
- 特に立位が続く状況では飲酒を避ける
- 飲酒後の入浴や長時間の立位に注意
- 急激な動作を避ける
- 急に立ち上がらない(特に起床時や入浴後)
- ゆっくりと動作を行う
採血・注射時の対策
過去に採血や注射で迷走神経反射を起こしたことがある方は、以下の対策が有効です。
- 事前に医療従事者に伝える:「以前、採血で気分が悪くなったことがあります」と伝える
- 横になった姿勢で処置を受ける:ベッドに横になって採血や注射をしてもらう
- 処置後15〜30分は安静にする:すぐに立ち上がらず、様子を見る
- 十分な睡眠を取る:前日は十分に睡眠を取る
- 空腹を避ける:軽食を摂っておく
- リラックスする:深呼吸をして緊張を和らげる
- 針を見ない:注射や採血中は針を見ないようにする
起立調節訓練(Tilt Training)
起立調節訓練は、長時間の立位による失神を予防するための訓練方法です。
訓練の方法
済生会の医療情報によると、起立調節訓練は以下のように行います。
- 姿勢
- 壁の前に両足を15〜20cm程度前方に出す
- 臀部、背中、頭部で壁に寄りかかる
- 下肢の筋肉をはたらかさないことが重要
- 時間
- この姿勢を30分間継続する
- 1日1〜2回行う
- 継続
- 毎日継続して行う
- 2〜3週間で効果が現れ始める
訓練の効果
継続することで、長時間の立位による失神が起こりにくくなります。自律神経の調節能力が向上し、立位時の血圧維持がしやすくなると考えられています。
運動療法
適度な運動は、血液循環を促進し、自律神経のバランスを整えるのに役立ちます。
推奨される運動
- ウォーキング:1日30分程度の散歩
- 軽いジョギング:無理のない範囲で
- ストレッチ:毎日のストレッチで血流改善
- ヨガ:深呼吸とともに行う軽いヨガ
- 水泳:全身運動で血液循環を促進
運動時の注意
- 激しすぎる運動は避ける
- 脱水に注意し、こまめに水分補給
- 体調が悪い時は無理をしない
弾性ストッキングの活用
弾性ストッキング(着圧ストッキング)は、下肢の血液循環を改善し、迷走神経反射による低血圧の症状を緩和するのに有効です。
圧迫力の選択
- 軽度の症状:15-20mmHg
- 中等度の症状:20-30mmHg
- 重度の症状:30-40mmHg
医師や薬剤師と相談して、適切な圧迫力のものを選びましょう。
着用のタイミング
- 朝、起床時から着用
- 長時間立つことが予想される時
- 症状が出やすい状況の前
薬物療法
生活指導でも失神を繰り返す場合や、転倒による外傷リスクが高い場合には、薬物療法が考慮されることがあります。
使用される薬剤
- ミドドリン:血管収縮作用により血圧を上昇させる
- フルドロコルチゾン:体液量を増やし血圧を維持
- β遮断薬:一部のケースで有効とされる
薬物療法の適応
- 頻回に失神を繰り返す
- 日常生活に支障をきたす
- 高齢者で転倒による骨折リスクが高い
- 職業上、失神が危険な場合(運転手など)
薬物療法の効果には個人差があり、すべての患者に有効というわけではありません。医師とよく相談して決定します。
ペースメーカー治療
非常に稀ですが、薬物療法でも改善せず、著しく徐脈を伴う場合には、ペースメーカー植え込みが検討されることがあります。ただし、適応となるケースは限定的です。
日常生活での注意点
迷走神経反射を経験したことがある方は、日常生活で以下の点に注意することで、症状の再発を予防できます。
生活習慣の改善
規則正しい生活
- 睡眠リズムを整える:毎日同じ時間に就寝・起床
- 適度な運動習慣:週3〜4回、30分程度の運動
- バランスの良い食事:3食しっかり摂る
- ストレス管理:趣味やリラクゼーションの時間を持つ
水分・塩分摂取
- こまめな水分補給:のどが渇く前に飲む
- 朝起きたら水を飲む:起床後は特に脱水状態
- 運動前後の水分補給:汗をかく前後は必ず水分を
- 適度な塩分摂取:減塩のしすぎに注意(医師の指示がない限り)
状況別の注意点
朝礼・式典など
- 前夜は十分な睡眠を
- 朝食をしっかり摂る
- 可能な限り座る機会を作る
- 少しでも気分が悪くなったらすぐに座る
- 足を動かしたり、体重を左右に移す
満員電車
- 可能な限り座る
- 混雑する時間帯を避ける
- つり革や手すりにしっかりつかまる
- 気分が悪くなったら次の駅で降りる
入浴
- 長湯を避ける:のぼせに注意
- 浴室と脱衣所の温度差を少なくする
- 湯船から出る時はゆっくりと
- 入浴前後に水分補給
- 飲酒後の入浴は避ける
トイレ(排尿・排便時)
- 夜間トイレに行く時
- いきなり立ち上がらず、ベッドの端に座って一呼吸
- 電気をつけて明るくする
- 手すりを使用する
- 排便時
- 強くいきまない
- 長時間トイレにこもらない
- 便秘の改善を心がける
献血・採血・予防接種
- 事前に申告:過去の経験を伝える
- 横になって処置を受ける
- 処置後15〜30分は安静に
- 水分を十分摂っておく
- 空腹時は避ける
危険な状況での対策
運転中
迷走神経反射を繰り返す方は、以下の点に注意が必要です。
- 少しでも前駆症状を感じたら安全な場所に停車
- 長時間の運転を避ける
- 適度に休憩を取る
- 渋滞時は特に注意
頻繁に失神を起こす場合は、運転を控えることも検討しましょう。
高所作業・危険な作業
- 失神のリスクがある作業は避ける
- 職場に状況を説明
- 配置転換を相談
一人での外出
- 家族や友人に予定を伝える
- 携帯電話を携行
- 医療情報カードを持つ
ストレス管理
精神的ストレスは迷走神経反射の重要な誘因です。
ストレス軽減法
- 趣味の時間を持つ
- リラクゼーション:深呼吸、瞑想、ヨガなど
- 適度な運動:ストレス発散になる
- 十分な睡眠:疲労回復に不可欠
- 相談相手を持つ:一人で抱え込まない
周囲の理解と協力
迷走神経反射は「気の持ちよう」や「甘え」ではなく、自律神経の生理的な反応です。
家族・職場への説明
- 症状について説明する
- 前駆症状を感じた時の対処法を共有
- 理解と協力を求める
- 緊急時の連絡先を伝えておく
周囲の理解があることで、症状が出た時に適切な対処ができ、精神的な負担も軽減されます。

よくある質問
迷走神経反射は、自律神経の過剰な反応による生理的な現象であり、多くの場合、病気というよりは体質的なものです。ただし、頻繁に繰り返す場合や中高年で初めて起こった場合は、他の疾患が隠れている可能性があるため、医療機関での精査が必要です。
根本的な治療法は確立されていませんが、多くの場合、生活指導や起立調節訓練などにより、症状をコントロールすることができます。また、経験を積むことで体が慣れ、徐々に症状が起こりにくくなることもあります。
Q3. 何度も繰り返す場合はどうすればよいですか?
短期間に何度も失神を繰り返す場合は、糖尿病、不整脈、心臓弁膜症などの病気が隠れている可能性があります。循環器内科や脳神経外科を受診し、精密検査を受けることをお勧めします。
Q4. 子どもでも起こりますか?
はい、子どもでも起こります。特に思春期の子どもに多く見られます。学校の朝礼や採血時などに起こりやすいため、学校や養護教諭と情報を共有し、適切な対策を取ることが大切です。
Q5. 高齢者で初めて失神した場合は?
高齢者で初めて失神した場合、心疾患や脳血管障害などの重篤な疾患が原因である可能性が高くなります。必ず医療機関を受診し、精密検査を受けましょう。
Q6. 迷走神経反射と貧血は違うのですか?
はい、異なります。一般に「貧血で倒れた」と言われるのは、実は迷走神経反射による血圧低下のことを指していることが多いです。医学的に「貧血」とは血液中のヘモグロビン値が低下した状態を指し、迷走神経反射とは別のものです。
Q7. 迷走神経反射が起こりやすい体質はありますか?
以下のような方は迷走神経反射が起こりやすい傾向があります。
- 睡眠不足や疲労が溜まっている人
- 几帳面で真面目な性格の人
- 緊張しやすい人
- 自律神経のバランスが崩れやすい人
Q8. 妊娠中に起こりやすいですか?
妊娠中は血液循環が変化し、また貧血になりやすいため、迷走神経反射が起こりやすくなることがあります。妊娠中に失神を経験した場合は、必ず産婦人科医に相談しましょう。
Q9. スポーツ選手でも起こりますか?
はい、スポーツ選手でも起こります。激しい運動後や長時間の立位(表彰式など)で起こることがあります。十分な水分補給と、運動後はすぐに座るなどの対策が有効です。
Q10. 仕事に支障をきたす場合はどうすればよいですか?
職業によっては(運転手、高所作業、機械操作など)、失神が重大な事故につながる可能性があります。以下の対策を検討しましょう。
- 医師に相談し、適切な治療を受ける
- 職場に状況を説明し、配置転換を相談する
- 薬物療法の適応について医師と相談する
- 障害者雇用枠などの活用を検討する
まとめ
迷走神経反射は、失神の原因として最も多い現象であり、多くの方が経験する可能性があるものです。強いストレスや痛み、長時間の立位などをきっかけに、自律神経のバランスが崩れ、一時的に脳への血流が低下することで症状が現れます。
重要なポイント
- 前駆症状を見逃さない
- 冷や汗、気分不良、めまい、視界の異常などの前兆
- 症状を感じたらすぐに横になる
- 適切な対処で予防できる
- 誘因を避ける生活習慣の改善
- 十分な睡眠と水分補給
- 起立調節訓練の継続
- 失神自体は危険ではないが、転倒に注意
- 失神そのものは通常、後遺症を残さない
- 転倒による頭部打撲や骨折のリスクがある
- 前駆症状を感じたら無理せず休む
- 繰り返す場合は受診を
- 短期間に何度も失神を繰り返す
- 初めて失神を経験した
- 前駆症状なく突然失神した
- 中高年で初めて失神した
- 周囲の理解と協力が大切
- 家族や職場に症状を説明
- 緊急時の対処法を共有
- 一人で抱え込まない
参考文献
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https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000432.html - 済生会「神経調節性失神(反射性失神)」
https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/neurally_mediated_syncope/ - 住吉正孝「神経調節性失神:状況失神」昭和医会誌. 2011, 71, p.542-548.
- 住吉正孝「新しい『失神の診断・治療ガイドライン(2012年改訂版)』に基づいた失神の診断と治療へのアプローチ」第41回埼玉不整脈ペーシング研究会. 2013, 34.
※本記事の内容は一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりとなるものではありません。症状が心配な方は、医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務