はじめに
爪に縦方向の黒い線が現れた経験はありませんか?多くの場合、単なる色素沈着やほくろによるものですが、時に命に関わる皮膚がん「メラノーマ(悪性黒色腫)」の可能性があります。爪のメラノーマは日本人に多い末端黒子型メラノーマの一種で、早期発見・早期治療が極めて重要です。
本記事では、爪のメラノーマについて、その特徴や初期症状、良性の爪の黒い線との見分け方、診断方法、最新の治療法まで、アイシークリニック池袋院の専門的な視点から詳しく解説します。

メラノーマ(悪性黒色腫)とは
メラノーマの基本知識
メラノーマは、皮膚の色素を作る細胞である「メラノサイト(色素細胞)」が悪性化して発生する皮膚がんです。悪性黒色腫とも呼ばれ、皮膚がんの中でも特に転移しやすく、進行が早いという特徴があります。
日本では10万人あたり1〜2人の発症率で、年間約1,800例が診断されている希少がんですが、近年増加傾向にあることが国立がん研究センターの統計で報告されています。メラノーマによる死亡数は過去40年間で約4倍に増加しており、年間約700人の方が亡くなられています。
日本人に多い末端黒子型メラノーマ
メラノーマは発生部位や形態によって4つのタイプに分類されますが、日本人では「末端黒子型メラノーマ」が最も多く、全体の約40〜50%を占めています。このタイプは、足の裏、手のひら、そして爪(爪下部)などの末端部に発生しやすいのが特徴です。
欧米では表在拡大型が約70%を占めるのに対し、日本人では末端黒子型が主流であるという人種差があります。これは紫外線だけでなく、物理的な刺激や遺伝的要因など、複数の要因が関与していると考えられています。
爪のメラノーマの特徴と初期症状
爪に現れる初期のサイン
爪のメラノーマは、爪を作る根元の部分(爪母)でメラノサイトが悪性化して発生します。初期症状として、以下のような特徴的な変化が見られます。
1. 縦方向の黒褐色の筋(縦線)
爪のメラノーマの最も典型的な初期症状は、爪に縦方向の黒褐色の線が現れることです。この線は爪の根元から爪先に向かって走ります。ただし、良性のほくろによる縦線も存在するため、注意深い観察が必要です。
2. 線の幅の拡大
時間の経過とともに、黒い線の幅が徐々に広がっていくのがメラノーマの重要な特徴です。数ヶ月の間に数ミリ以上に拡大する場合は特に注意が必要です。
3. 色調の変化と色むら
メラノーマでは、黒色の濃淡にムラが生じることが多く、淡い茶色から濃い黒色まで混在した色調を呈します。単一の均一な色ではなく、まだらな印象を受けることが特徴的です。
4. ハッチンソン徴候
進行すると、黒色の色素が爪の周囲の皮膚(爪郭部)にまで染み出すように広がることがあります。これは「ハッチンソン徴候」と呼ばれ、メラノーマに典型的な所見として知られています。
5. 爪の変形や破壊
さらに進行すると、爪の表面に凹凸が生じたり、爪が割れやすくなったり、変形したりすることがあります。爪の破壊は進行した状態を示すサインです。
発症しやすい年齢と部位
メラノーマの発症年齢には2つのピークがあり、30〜50歳代と60〜70歳代に多く見られます。爪のメラノーマでは特に40〜50歳代での発症が多いとされています。
爪の中では、親指や足の親指に発生することが比較的多い傾向にあります。ただし、どの指の爪にも発生する可能性があるため、すべての爪を注意深く観察することが大切です。
良性の爪の黒い線との見分け方
爪に黒い線が現れる原因はメラノーマだけではありません。実際には、多くの場合が良性の色素沈着やほくろ(母斑細胞母斑)によるものです。日本人では年齢を重ねると爪に黒い線が入ることは珍しくありません。
良性とメラノーマの鑑別ポイント
日本皮膚科学会のガイドラインでは、以下のような特徴に注目することが推奨されています。
良性の爪の黒い線の特徴:
- 線の幅が細い(通常3mm以下)
- 色調が均一で淡い茶色〜黒色
- 長期間変化しない
- 境界が明瞭
- 複数の爪に同時に現れることがある
- 小児期から存在することが多い
メラノーマを疑う爪の変化:
- 線の幅が6mm以上、または徐々に拡大する
- 色調にムラがあり、濃淡が混在する
- 数ヶ月で明らかに変化する
- 境界が不明瞭でギザギザしている
- 成人後に新たに1本の爪だけに出現する
- ハッチンソン徴候(爪の周囲への色素の広がり)がある
- 爪の変形や破壊を伴う
ABCDEルールの応用
メラノーマの診断には「ABCDEルール」という簡便な判断基準があります。これは主に体幹や四肢の皮膚のメラノーマを見分けるためのものですが、爪のメラノーマにも一部応用できます。
- A (Asymmetry – 非対称性): 左右で形が非対称
- B (Border irregularity – 境界不整): 境界がギザギザで不規則
- C (Color variation – 色調の多様性): 複数の色が混在
- D (Diameter – 直径): 直径6mm以上(鉛筆の断面程度)
- E (Evolving – 変化): 形・大きさ・色が変化している
爪のメラノーマの場合、特に重要なのはDとEの要素です。幅が6mm以上に拡大している場合や、数ヶ月以内に明らかな変化が見られる場合は、速やかに皮膚科を受診することをお勧めします。
メラノーマの診断方法
ダーモスコピー検査
爪に黒い線が見られた場合、皮膚科ではまずダーモスコピー検査を行います。ダーモスコピーとは、ライト付きの拡大鏡を使って皮膚や爪の状態を10〜20倍程度に拡大して詳しく観察する検査です。
この検査により、肉眼では見えない細かな構造や色素のパターンを確認でき、メラノーマの可能性をより正確に評価できます。痛みを伴わず、短時間で実施できる検査です。
病理組織検査(生検)
ダーモスコピー検査でメラノーマが疑われる場合、最終的な診断のために病理組織検査が必要です。爪のメラノーマの場合、以下のような方法があります。
切除生検
メラノーマが疑われる場合、部分的に組織を採取する生検ではなく、病変全体を切除する切除生検が推奨されます。これは、メラノーマでは生検によって進行が早まる可能性があるためです。
爪部の生検の注意点
爪部では、検査後に爪の変形や痛みが持続するなどの後遺症が生じるリスクがあるため、検査の適応は慎重に判断されます。そのため、ダーモスコピー所見や臨床経過を総合的に評価した上で実施されます。
画像検査
メラノーマと診断された場合、転移の有無を調べるために以下のような画像検査が行われます。
- CT検査: リンパ節や肺、肝臓などへの転移を確認
- MRI検査: 脳転移の有無を評価
- PET検査: 全身の転移巣を検出
これらの検査により、メラノーマの進行度(ステージ)を正確に判定し、適切な治療方針を決定します。
メラノーマの病期(ステージ)分類
メラノーマの治療方針は、腫瘍の厚さ(深達度)、潰瘍の有無、リンパ節転移や遠隔転移の有無によって決定されます。病期は0期からIV期まで分類されます。
ステージ分類の概要
ステージ0(上皮内がん) がん細胞が表皮内にとどまっており、転移のリスクはほとんどありません。適切な切除により治癒が期待できます。
ステージI〜II(局所がん) 原発巣のみで、リンパ節や他臓器への転移がない状態です。腫瘍の厚さが薄いステージIでは5年生存率がほぼ100%と良好です。
ステージIII(領域リンパ節転移あり) 最も近いリンパ節への転移が認められる状態です。5年生存率は52〜68%程度とされています。
ステージIV(遠隔転移あり) 肺、肝臓、脳、骨などの遠隔臓器への転移がある進行期です。治療は困難になりますが、近年の免疫療法や分子標的薬により治療成績は向上しています。
爪のメラノーマでは、腫瘍の厚さが重要な予後因子となります。1mm以下の厚さで発見できれば予後は良好ですが、進行するにつれて治療が困難になるため、早期発見が極めて重要です。
メラノーマの治療法
外科的治療(手術)
メラノーマの治療の基本は外科的切除です。腫瘍を完全に取り切ることが最も重要です。
原発巣の切除
腫瘍の厚さに応じて、適切な安全域(サージカルマージン)を設けて切除します。日本皮膚悪性腫瘍学会のガイドラインでは、腫瘍の厚さに応じた切除範囲が推奨されています。
- 1mm以下: 1cm程度の切除マージン
- 1〜2mm: 1〜2cm程度の切除マージン
- 2mm以上: 2cm程度の切除マージン
爪部メラノーマの手術
爪のメラノーマでは、指趾骨温存手術と指趾切断術の2つの選択肢があります。以前は指ごと切断することが一般的でしたが、近年のガイドライン改訂により、条件が満たされれば骨を残して切除する手術も選択肢となっています。これにより、機能温存と根治性のバランスを考慮した治療が可能になっています。
センチネルリンパ節生検
腫瘍の厚さが1mm以上の場合、最初に転移するリンパ節(センチネルリンパ節)を特定して検査するセンチネルリンパ節生検が検討されます。この検査で転移が見つかった場合、追加のリンパ節郭清術が必要になることがあります。
薬物療法
進行したメラノーマや術後の再発リスクが高い場合には、薬物療法が行われます。近年、メラノーマの薬物療法は大きく進歩しています。
免疫チェックポイント阻害薬
ニボルマブ(オプジーボ®)やペムブロリズマブ(キイトルーダ®)などの免疫チェックポイント阻害薬は、患者自身の免疫システムを活性化してがん細胞を攻撃させる薬です。メラノーマに対して高い効果が確認されており、2014年に日本で初めて承認されました。
これらの薬剤は、術後補助療法としても、進行・再発例の治療としても使用されます。ただし、免疫関連の副作用(間質性肺炎、大腸炎、内分泌障害など)に注意が必要です。
分子標的治療薬
BRAF遺伝子変異を持つメラノーマ(日本人の約30〜40%)に対しては、BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が有効です。これらの薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の分子を標的として作用します。
従来の抗がん剤
ダカルバジン(DTIC)などの殺細胞性抗がん剤も、症例によっては使用されます。ただし、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬に比べて効果は限定的とされています。
放射線療法
メラノーマ細胞は放射線に対する感受性が高くないため、放射線療法は主な治療選択肢ではありません。しかし、以下のような場合に検討されることがあります。
- 脳や骨への転移による痛みの緩和
- 手術後の局所再発リスクの軽減
- 手術が困難な場合の局所制御
術後補助療法と経過観察
メラノーマを切除した後は、再発や転移の予防を目的とした術後補助療法が検討されます。リスクが高いと判断された場合には、免疫チェックポイント阻害薬による術後補助療法が推奨されます。
また、治療後は定期的な通院と検査により、再発や転移の早期発見に努めます。
- 術後2年間: 1〜3ヶ月ごと
- 術後3〜5年: 3〜6ヶ月ごと
- 術後5年以降: 6〜12ヶ月ごと
メラノーマは10年、20年と長い時間が経過してから転移することもあるため、可能な限り長期的なフォローアップが推奨されています。
爪のメラノーマの予防と早期発見のために
予防策
メラノーマの発症には遺伝的要因と環境要因が関与していると考えられています。紫外線曝露は重要なリスク因子ですが、日本人に多い末端黒子型メラノーマは紫外線との関連が明確ではありません。
紫外線対策
日光が当たる部位のメラノーマ予防には、以下のような対策が有効です。
- 日焼け止めクリームの使用(SPF30以上を推奨)
- 帽子や長袖の着用
- 午前10時〜午後3時の強い日差しを避ける
- 日傘の活用
物理的刺激の軽減
足の裏や爪は物理的な刺激を受けやすい部位です。過度な圧迫や摩擦を避けることも大切かもしれません。
- 適切なサイズの靴を選ぶ
- クッション性の高い靴下やインソールの使用
- 爪への過度な刺激を避ける
セルフチェックの重要性
早期発見のために、定期的な自己観察(セルフチェック)が推奨されます。
チェックのポイント
- 月に1回程度、全身の皮膚と爪を観察する
- 鏡を使って見えにくい部分もチェックする
- 新しくできたほくろやシミに注意する
- 既存のほくろやシミの変化を記録する
- 爪の黒い線の幅や色調の変化を観察する
受診の目安
以下のような場合は、速やかに皮膚科を受診することをお勧めします。
- 成人後に新たに爪に黒い線が出現した
- 爪の黒い線が数ヶ月で明らかに太くなった
- 線の幅が6mm以上ある
- 色調にムラがある
- 爪の周囲の皮膚にも色素が広がっている
- 爪が変形したり割れやすくなった
- ほくろやシミが急に大きくなった
- ほくろやシミから出血がある

よくある質問(FAQ)
A: いいえ、爪の黒い線のほとんどは良性の色素沈着やほくろによるものです。日本人では加齢に伴い爪に黒い線が入ることは珍しくありません。ただし、線が徐々に太くなる、色にムラがある、爪の周囲にも広がるなどの変化がある場合は、メラノーマの可能性があるため皮膚科を受診してください。
A: 一般的に、幅が6mm以上(鉛筆の断面程度)になった場合や、数ヶ月の間に明らかに太くなっている場合は受診を推奨します。ただし、大きさにかかわらず、急激な変化や色調のムラ、爪の周囲への広がりなどが見られる場合は早めに受診してください。
Q3: メラノーマは遺伝しますか?
A: メラノーマの発症には遺伝的要因が関与していますが、多くの場合は遺伝性ではありません。ただし、家族内に複数のメラノーマ患者がいる場合や、特定の遺伝子変異を持つ家系では、発症リスクが高くなることが知られています。
Q4: 若い人でもメラノーマになりますか?
A: はい、メラノーマは比較的若い年代にも発症します。他の皮膚がんが高齢者に多いのに対し、メラノーマは30〜50歳代にもピークがあり、時には10〜20代の若年者にも発症することがあります。年齢にかかわらず、気になる症状があれば早めに受診してください。
Q5: メラノーマの治療後、完全に治りますか?
A: 早期に発見され、適切に治療された場合、多くのメラノーマは治癒が期待できます。特に腫瘍の厚さが1mm以下のステージ0〜Iでは、5年生存率が90〜100%と良好です。ただし、進行したステージでは再発や転移のリスクが高くなるため、長期的な経過観察が重要です。
Q6: 爪のメラノーマの手術では指を切断しなければなりませんか?
A: 以前は指趾切断が一般的でしたが、近年のガイドライン改訂により、条件が満たされれば骨を残して切除する指趾骨温存手術も選択肢となっています。腫瘍の広がりや深さ、患者さんの状態などを総合的に判断して、機能温存と根治性のバランスを考慮した治療法が選択されます。
Q7: メラノーマは転移しやすいと聞きましたが、どこに転移しますか?
A: メラノーマは主にリンパ節に転移しやすく、爪のメラノーマでは手の場合は腋窩(わきの下)、足の場合は鼠径部(そけいぶ)のリンパ節に転移することが多いです。さらに進行すると、肺、肝臓、脳、骨などの遠隔臓器に血行性転移を起こすことがあります。
まとめ
爪のメラノーマは、早期発見・早期治療により良好な予後が期待できる疾患です。一方で、発見が遅れると転移しやすく、治療が困難になる可能性があります。
重要なポイントは以下の通りです。
- 爪の黒い線の多くは良性だが、変化に注意する
- 成人後に新たに出現した場合は要注意
- 幅の拡大、色調の変化、爪周囲への広がりなどに留意
- ABCDEルールを活用する
- 特に直径(D)と変化(E)に注目
- 6mm以上、または数ヶ月で変化する場合は受診を
- 定期的なセルフチェックを行う
- 月1回程度、全身の皮膚と爪を観察
- 写真を撮って記録するのも有効
- 早期発見が最も重要
- 腫瘍が薄い段階で発見できれば予後良好
- 気になる症状があれば早めに皮膚科へ
- 予防策を実践する
- 紫外線対策の徹底
- 物理的刺激の軽減
- 信頼できる医療機関で診察を受ける
- ダーモスコピー検査による精密な評価
- 必要に応じて専門医療機関への紹介
爪の黒い線やほくろの変化に気づいたら、自己判断せず、必ず専門医の診察を受けることをお勧めします。早期発見により、機能を温存しながら根治を目指せる可能性が高まります。
参考文献
- 日本皮膚科学会・日本皮膚悪性腫瘍学会「皮膚がん診療ガイドライン第4版 メラノーマ診療ガイドライン2025」日本皮膚科学会雑誌 2024
- 日本皮膚科学会・日本皮膚悪性腫瘍学会「皮膚悪性腫瘍ガイドライン第3版 メラノーマ診療ガイドライン2019」日本皮膚科学会雑誌 2019
- 国立がん研究センターがん情報サービス「メラノーマ(悪性黒色腫)」
- 新潟県立がんセンター新潟病院「がん・疾患情報サービス 悪性黒色腫(メラノーマ)」
- 国立病院機構九州がんセンター「悪性黒色腫(メラノーマ)」
- Mindsガイドラインライブラリ「皮膚悪性腫瘍ガイドライン第3版 メラノーマ診療ガイドライン2019」
本記事の内容は医学的情報の提供を目的としたものであり、特定の診断や治療を推奨するものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務