はじめに
「些細なことでつい声を荒げてしまう」「イライラが止まらず、後で激しく後悔する」「家族にだけ感情をぶつけてしまう」――こうした経験に心当たりはありませんか。
癇癪(かんしゃく)と聞くと、幼い子どもが泣き叫ぶ姿を想像する方が多いかもしれません。しかし、実は大人にも癇癪は起こり得るものです。大人の癇癪は、単なる「気性が荒い」「性格の問題」と片付けられがちですが、その背景には様々な要因が隠れていることがあります。
感情のコントロールが難しくなると、職場での人間関係、家庭生活、さらには自分自身の心の健康にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。本記事では、大人の癇癪について、その特徴や原因、発達障害や精神疾患との関連、そして具体的な対処法まで、医学的な観点から詳しく解説していきます。

大人の癇癪とは
癇癪は医学的な診断名ではありませんが、一般的には怒りの感情を抑えたり、怒りから生じる突発的な行動をコントロールしたりすることができない状態を指します。
大人の癇癪の核心は、怒りやその他の強い感情を適切に調整・制御することが難しい点にあります。子どもの癇癪が成長過程における一時的なものであるのに対し、大人の癇癪は慢性的なストレスや心理的な問題が複雑に絡み合って起こることが多いという特徴があります。
子どもの場合、癇癪は感情を言葉で表現する能力や感情調整能力が未発達であることが主な原因です。成長とともにこれらの能力が発達することで、自然と癇癪は減少していきます。一方、大人の癇癪は、仕事のプレッシャーや人間関係の悩み、経済的な問題など、日常生活で蓄積されたストレスやフラストレーションが爆発することで起こります。
また、大人の癇癪には社会的な文脈が伴います。職場や公共の場では感情を抑え込む必要があり、その反動として安心できる場所である家庭で感情が爆発してしまうケースも少なくありません。「外では穏やかなのに、家族にだけキレる」という行動パターンは、外でのストレスや我慢を最も近しい存在である家族に対してぶつけてしまうという形で現れます。
大人の癇癪の主な症状
大人の癇癪には、様々な形で現れる特徴的な症状があります。以下のような行動や感情のパターンが見られる場合、癇癪の可能性が考えられます。
突発的な感情の爆発
予期せぬタイミングで、何らかのきっかけによって感情が抑えきれなくなり、爆発的に怒り出します。周囲から見ると些細に思える出来事でも、本人にとっては大きなストレスとなり、激しい怒りの感情を引き起こすことがあります。
言葉による攻撃性
大声で怒鳴る、罵倒する、攻撃的な言葉を投げかけるなど、相手を威圧するような強い口調で感情を剥き出しにします。このような言動は、相手との信頼関係を損ねる大きな要因となります。
物理的な破壊行動
ドアを強く閉める、壁を殴る、物を投げつける、家具を壊すなど、物理的な破壊を伴うことがあります。怒りを物にぶつける行動は、自分自身や周囲の人々を危険にさらす可能性もあります。
非言語的な攻撃サイン
舌打ちやため息、険しい表情など、直接的な暴力ではなくても不機嫌さや怒りを露骨に示す態度を取ります。このような非言語的なサインも、周囲に大きなストレスを与えます。
感情の鎮静化に時間がかかる
一度感情が燃え上がると、それを落ち着かせるのに非常に時間がかかります。怒りの最中は、相手の言葉に耳を傾けたり、冷静に状況を判断したりすることが難しくなり、理性的な話し合いが不可能になります。
感情の振れ幅が大きい
平常時は穏やかでも、特定の状況やトリガーによって感情が大きく揺れ動き、極端な反応を示します。この感情の起伏の激しさが、本人にとっても周囲にとっても大きな負担となります。
後悔と自己嫌悪
癇癪を起こした後、「なぜあそこまで怒ってしまったのか」と激しく後悔することが多くあります。この自己嫌悪の感情が繰り返されると、精神的な負担がさらに増大し、抑うつ状態や自尊心の低下につながることもあります。
大人の癇癪の原因
大人が癇癪を起こす原因は、一つではなく複数の要因が複雑に絡み合っていることがほとんどです。以下、主な原因について詳しく見ていきましょう。
慢性的なストレス
仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、経済的な問題、育児や介護の負担など、日常的に抱えているストレスが蓄積し、感情のコントロールが効かなくなることがあります。ストレスが限界を超えると、些細なことでも感情が爆発しやすくなります。
疲労と睡眠不足
心身の疲労や睡眠不足は、感情をコントロールする脳の機能を低下させます。前頭前野と呼ばれる脳の部位は感情の調整に重要な役割を果たしていますが、疲労や睡眠不足によってその機能が低下すると、衝動的になったり、些細なことでイライラしたりしやすくなります。
過去のトラウマや経験
幼少期の体験や過去のトラウマが、現在の感情のコントロール能力に影響を与えていることがあります。例えば、親から頻繁に怒鳴られた経験がある人は、怒りという感情そのものに対して複雑な感情を抱いている場合があります。また、自分の怒りによって大事な関係を壊してしまった経験なども、現在の感情の扱い方に影響を与えます。
認知の偏り
「~すべき」「~であるべき」という強い思い込みや期待が、現実とのギャップを生み出し、怒りの感情につながることがあります。完璧主義的な思考パターンや、他者に対する過度な期待は、それらが満たされないときに強い失望感や怒りを引き起こします。
感情の意味づけ
起きた出来事に対して、自分自身がどのような意味づけをするかによって、怒りの感情が生まれるかどうかが決まります。同じ出来事でも、受け取り方によって怒りの度合いは大きく変わります。ネガティブな解釈をしやすい思考のクセがある人は、怒りを感じやすい傾向にあります。
一次感情の蓄積
怒りは「二次感情」と呼ばれ、その裏には「一次感情」が隠れています。不安、心配、困惑、落胆、悲しさ、孤独感などのネガティブな一次感情が積み重なった結果として、怒りという二次感情が生まれます。コップに水が溢れるように、一次感情が限界を超えると怒りとして表出されるのです。
発達障害と大人の癇癪の関連
大人の癇癪の背景には、発達障害が関係している可能性があります。特にADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)は、感情のコントロールが難しいという特性を持つことが知られています。
ADHD(注意欠如・多動症)との関連
ADHDは、成人の約3~4%に見られる発達障害です。ADHDの主な特性である「衝動性」は、感情のブレーキが効きにくい状態を生み出します。
ADHDを持つ人は、思いついたらすぐに行動に移してしまう、結果を深く考えずに行動する、待つことが苦手といった特徴があります。感情に関しても同様で、怒りや不満といった感情が湧き上がったときに、その感情を抑えたり、落ち着いて対処したりすることが難しく、衝動的に怒りを爆発させてしまうことがあります。
頭では「言ってはいけない」「やってはいけない」と分かっていても、感情が思考を追い越し、そのまま言葉や行動に出てしまうのです。本人は「止めたい」と思っているにも関わらず、反射的に言葉や行動が出てしまい、後から激しく後悔するというサイクルを繰り返してしまうことがあります。
また、不注意によるミスが続き周囲から指摘を受けることや、多動性から落ち着いて物事に取り組めない状況へのフラストレーションが溜まり、それが怒りやイライラとして表れることもあります。
幼少期から「落ち着きがない」「しつけがなっていない」「癇癪持ち」「わがまま」などの指摘を受けることが多く、叱られる機会が増えることで自尊心が低下し、二次障害としてうつ病や適応障害、不安神経症などを併発しやすい状況にあります。
ASD(自閉スペクトラム症)との関連
ASDの特性がある人は、感覚過敏やこだわりの強さからストレスを感じやすく、癇癪として感情が爆発してしまうことがあります。
特定の音、光、匂い、肌触りなどが非常に苦手であったり(過敏)、逆に痛みなどに気づきにくかったり(鈍麻)する感覚の特性は、過敏さによる不快感が強いストレスとなり、癇癪を引き起こすことがあります。
また、ASDの人は予測できない変化や想定外の出来事に強いストレスを感じやすく、「思った通りにならない」ことがきっかけで感情が爆発することがあります。自分なりの「こうあるべき」というこだわりやルールが強いため、それが崩れたときに強い混乱や怒りを感じます。
さらに、暗黙のルールや相手の気持ちを読み取ることの難しさから、コミュニケーションの場面で誤解や行き違いが生じやすく、それが怒りやフラストレーションにつながることもあります。
未診断の発達障害
子どもの頃は発達障害の特性が「個性」として捉えられ、見過ごされることもあります。そして、大人になり社会生活を送る中で、これらの特性が障害として表面化するケースが少なくありません。
未診断のまま大人になった場合、「なぜ自分だけこんなに感情のコントロールが難しいのか」と悩み続け、適切なサポートを受けられないまま苦しんでいる方も多くいます。
精神疾患と大人の癇癪の関連
発達障害だけでなく、様々な精神疾患も癇癪の起こしやすさに影響します。
うつ病
うつ病では、抑うつ気分や意欲の低下だけでなく、イライラ感や怒りっぽさが症状として現れることがあります。特に男性のうつ病では、悲しみよりも怒りや攻撃性が前面に出ることが知られています。
双極性障害
双極性障害は、躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。躁状態では、気分が高揚し、イライラしやすくなり、些細なことで激怒することがあります。また、感情の起伏が激しくなり、攻撃的になる場合もあります。
パニック症・不安障害
慢性的な不安や緊張状態が続くと、感情のコントロールが難しくなり、些細なことでも怒りを感じやすくなります。不安が高まると、防衛反応として怒りが出ることもあります。
境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害は、感情や行動のコントロールが難しく、対人関係や自己イメージに深刻な問題を抱える精神疾患です。感情の不安定さが特徴で、急激な怒りの爆発が見られることがあります。
間欠性爆発性障害(IED)
間欠性爆発性障害は、状況に不釣り合いな激しい怒りの爆発を繰り返す障害です。攻撃的な言動や破壊行動を伴うことがあり、本人も事後に後悔することが多い特徴があります。
適応障害
環境の変化やストレスに適応できず、様々な症状が現れる適応障害でも、イライラや怒りっぽさが見られることがあります。
癇癪がもたらす影響
大人の癇癪は、本人だけでなく周囲にも深刻な影響を及ぼします。
人間関係への影響
大人が突然大声を出すと、周囲の人々は驚きや恐怖を感じます。「できるだけ関わらないようにしよう」「刺激を与えないようにしよう」と、関係性に溝が生まれる原因となります。仕事仲間との信頼関係が崩れたり、家族が萎縮したりと、人間関係のトラブルにつながることが少なくありません。
職場では、上司が部下に対して癇癪を起こすと、その部下だけでなく他のメンバーにも不安を与え、パワーハラスメントと解釈されるリスクもあります。部下の離職や、チーム全体の生産性低下にもつながります。
孤立とストレスの悪循環
癇癪によって人間関係が悪化すると、孤立が深まります。孤立によってストレスが増し、さらに癇癪が悪化するという悪循環に陥る恐れがあります。
自己評価の低下
瞬発的に怒鳴った後に「なぜあそこまで怒ってしまったのか」と後悔し、自己嫌悪に陥ることが繰り返されると、精神的な負担はさらに増していきます。「また同じことを繰り返してしまった」という思いは、自尊心を著しく低下させ、抑うつ状態を引き起こすこともあります。
身体的健康への影響
怒りの感情は、心拍数や血圧の上昇を引き起こします。慢性的に怒りを感じている状態は、高血圧や心臓病などのリスクを高める可能性があります。また、ストレスホルモンの分泌が増加し、免疫機能の低下や睡眠障害など、様々な健康問題につながることもあります。
社会生活への支障
仕事でのパフォーマンスの低下、家庭内での不和、社会的信用の失墜など、日常生活や社会生活全般に支障をきたす可能性があります。感情のコントロールができないことで、キャリアや生活の質が大きく損なわれることもあります。
診断と治療
大人の癇癪に悩んでいる場合、専門医療機関での診断と治療が重要です。
受診の目安
以下のような状況がある場合は、精神科や心療内科の受診を検討しましょう。
- 癇癪が頻繁に起こり、日常生活や人間関係に支障をきたしている
- 怒りの爆発の後、強い後悔や落ち込みがある
- 感情のコントロールが自分では難しいと感じる
- 「また言いすぎた」「周囲に避けられているかも」と感じる場面が増えた
- 怒りの後にひどく自己嫌悪に陥る、何も手につかなくなるなどの状態が続く
診断のプロセス
精神科や心療内科では、以下のようなプロセスで診断が行われます。
初診では、現在の困りごと、これまでの経過、生育歴、家族歴などを詳しく聞かれます。正直に話すことが、適切な診断と治療につながります。症状の特徴や持続期間、生活への支障の度合いなどの情報から診断をつけていきます。
問診では緊張で医師に症状がうまく伝わらない場合もあるため、事前にメモを作るなど、落ち着いて話せるよう準備すると良いでしょう。
必要に応じて、問診、行動観察、心理検査などを行い、癇癪の背景にある原因(発達障害、精神疾患、環境要因など)を探ります。
治療方法
癇癪の背景にある原因に応じて、様々な治療法が提案されます。
薬物療法
発達障害や精神疾患が癇癪の原因となっている場合、薬物療法が有効なことがあります。
ADHDの場合は、アトモキセチン、メチルフェニデート、リスデキサンフェタミン、グアンファシンなどの治療薬で、多動性や衝動性をコントロールします。これらの薬は、脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンやドパミンの不足を改善する働きがあります。
双極性障害の場合は気分安定薬、うつ病の場合は抗うつ薬など、それぞれの病態に応じた薬物療法が行われます。
認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、自分の思考パターンや行動パターンが感情にどのように影響しているかを理解し、より適応的な思考や行動に変えていくことで、感情調節スキルを高める心理療法です。
「出来事 → 思考 → 感情」のつながりを丁寧に見直すことで、感情のコントロールを助けます。癇癪に悩む方の多くは、怒りの裏にある「自動思考」に気づいていないことが少なくありません。「また失敗した=自分は無能だ」と瞬間的に思ってしまうと、それが怒りや自己嫌悪を引き起こします。
認知行動療法では、「その考え方は本当に正しい?」「別の視点はない?」と問い直す練習を積み重ねていきます。これは、訓練によって誰でも少しずつ身につけられるスキルです。
弁証法的行動療法(DBT)
特に感情の不安定さや衝動性が強い人に対して有効とされる心理療法で、感情調節、苦痛耐性、対人関係の効果性、マインドフルネスなどのスキル習得を目指します。
境界性パーソナリティ障害などで感情の起伏が激しい場合に、特に効果が期待できます。
スキーマ療法
幼少期からの不適応な思考パターン(スキーマ)に焦点を当て、それを修正していくことで、感情や行動の問題を改善していく心理療法です。
過去のトラウマや養育環境が現在の感情のコントロールに影響している場合に有効です。
ソーシャルスキルトレーニング(SST)
適切な行動や対人関係のスキルを学ぶことで、社会生活をスムーズに送れるようにするトレーニングです。発達障害がある場合に特に有効とされています。
環境調整
癇癪の要因となる日常生活や職場でのストレスを減らし、環境を整えることも重要な治療の一環です。職場での配慮、家族のサポート体制の構築など、周囲の理解と協力が求められます。
治療にかかる期間
治療期間は個人差が大きく、数か月から数年に及ぶこともあります。重要なのは、継続的に取り組むことです。認知行動療法などの心理療法は、一定期間(通常12~20回程度のセッション)を要することが一般的です。
アンガーマネジメントによる対処法
アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで開発された、怒りと上手に付き合うための心理トレーニングです。当初は犯罪者の矯正プログラムとして使用されていましたが、現在では教育、育児、スポーツ、ビジネスなど、幅広い分野で活用されています。
厚生労働省も、パワーハラスメント防止の観点から、感情をコントロールする手法についての研修の実施を企業に求めており、アンガーマネジメントは重要なスキルとして認識されています。
アンガーマネジメントの基本概念
アンガーマネジメントは、「怒らない」ためのスキルではなく、怒る必要のあることは適切に怒り、怒る必要のないことは怒らずに済ませる、つまり怒りを上手にコントロールすることを目的としています。
怒りという感情は、危険から身を守る防衛反応でもあり、人間にとって自然な感情です。完全に排除することはできませんし、すべての怒りが悪いわけではありません。重要なのは、怒りとの付き合い方を変えていくことです。
6秒ルール(衝動のコントロール)
怒りのピークは一般的に6秒間だと言われています。怒りを感じた瞬間に、すぐさまそれを爆発させるのではなく、この6秒間じっと待つ訓練をします。
具体的には、怒りを感じたら以下のような方法で6秒間をやり過ごします。
- 心の中で1から6まで数える
- 深呼吸をする(6秒かけてゆっくり息を吐く)
- その場を離れる(トイレに行く、席を立つなど)
- 心の中で「ストップ」と唱える
この6秒間を我慢できれば、衝動的な怒りを抑制できる可能性が高まります。
思考のコントロール
怒りは、起きた出来事そのものではなく、その出来事に対する自分の解釈(意味づけ)によって生まれます。同じ出来事でも、受け取り方によって怒りの度合いは変わります。
「~すべき」「~であるはず」という思い込みが現実と異なったときに怒りが生まれやすくなります。この「べき思考」を見直すことが重要です。
具体的な方法として、自分の「べき思考」を書き出し、それぞれについて「本当にそうでなければならないのか?」「他の考え方はないか?」と問い直してみます。また、怒りを感じた時に「相手にも事情があるかもしれない」と考えることで、怒りを軽減できることがあります。
行動のコントロール
怒りを感じたときに、どのように行動するかをあらかじめ決めておくことで、衝動的な行動を抑えることができます。
怒りを感じたときの対処行動としては、以下のようなものがあります。
- その場を離れる(タイムアウト法)
- 水を飲む
- 散歩をする
- リラックスできる音楽を聴く
- 深呼吸やストレッチをする
また、怒りを建設的に表現する方法を学ぶことも重要です。相手に対して攻撃的にならず、「私は~と感じた」というアイメッセージで自分の気持ちを伝えることで、相手との対立を避けながら自分の意見を伝えることができます。
一次感情への気づき
怒りは二次感情であり、その裏には一次感情(不安、心配、悲しみ、孤独感など)が隠れています。この一次感情に気づき、それを適切に表現することが大切です。
怒りを感じたときに「本当は何を感じているのか?」と自分に問いかけてみます。「不安だったのか?」「悲しかったのか?」「期待を裏切られて失望したのか?」――こうした一次感情を認識し、それを相手に伝えることで、より建設的なコミュニケーションが可能になります。
怒りのログをつける
自分がどのような状況で怒りを感じやすいかを把握するために、「怒りのログ」をつけることが有効です。
怒りを感じたときに、以下の項目を記録します。
- いつ(日時)
- どこで(場所・状況)
- 何がきっかけだったか
- どう感じたか(一次感情)
- どう反応したか(行動)
- その結果どうなったか
このログを定期的に見返すことで、自分の怒りのパターンやトリガーが見えてきます。パターンが分かれば、事前に対策を立てることができます。
日常生活でできる対策
専門的な治療やアンガーマネジメントに加えて、日常生活でできる対策も重要です。
十分な休息と睡眠
疲労やストレスによって癇癪を起こしやすくなっている場合、十分な休息を取りましょう。心身が疲弊した状態では感情を抑えるのが難しくなるため、意識的に休息を取ることが重要です。
質の良い睡眠を確保することも大切です。睡眠不足は感情のコントロールを著しく低下させます。規則正しい生活リズム、寝る前のリラックスタイム、快適な睡眠環境の整備などを心がけましょう。
ストレスマネジメント
日々の生活の中でストレスを適切に発散することが大切です。自分なりのストレス解消法を見つけ、定期的に実践しましょう。
運動、趣味、友人との交流、音楽鑑賞、入浴など、自分がリラックスできる活動を取り入れます。マインドフルネス瞑想やヨガなども、ストレス軽減に効果的です。
規則正しい生活習慣
規則正しい食事、適度な運動、十分な睡眠といった基本的な生活習慣を整えることで、心身の安定が図れます。
アルコールや薬物の使用は感情のコントロールを難しくするため、避けることが望ましいです。カフェインの過剰摂取も、イライラを助長することがあるため注意が必要です。
コミュニケーションスキルの向上
相手の気持ちを理解しようとする姿勢、自分の気持ちを適切に伝える技術など、コミュニケーションスキルを磨くことで、対人関係のストレスを減らすことができます。
アサーティブコミュニケーション(相手を尊重しながら自分の意見も伝える)の技術を学ぶことも有効です。
自己理解を深める
自分がどういったときに怒りを感じやすいか、どんな状況がストレスになるかを理解することが重要です。自己分析を通じて、自分の感情の起伏やパターンを把握しましょう。
また、完璧主義の傾向がある場合は、「物事全てが理想通りには進まない」ことを理解し、自分にできること・できないことを客観的に判断することが大切です。
周囲のサポートを受け入れる
一人で抱え込まず、家族や友人、同僚などに状況を話し、理解と協力を求めることも重要です。周囲の人が癇癪の背景を理解することで、適切なサポートが得られやすくなります。
専門機関への相談
大人の癇癪に悩んでいる場合、適切な専門機関への相談が問題解決の鍵となります。
精神科・心療内科
癇癪の背景に精神疾患や発達障害が疑われる場合、まず相談すべきなのが精神科や心療内科です。
精神疾患や発達障害の診断、薬物療法、精神療法(カウンセリング)などを提供します。発達障害の診断や治療に力を入れている医療機関もあるため、ホームページなどで情報を確認したり、知人や他の医療機関からの紹介を受けたりすると良いでしょう。
多くの場合は予約制です。事前に電話やウェブサイトで予約方法を確認しましょう。
カウンセリング機関
医療機関以外にも、精神科や心療内科と連携しながら認知行動療法などの心理療法を提供しているカウンセリング機関があります。
臨床心理士や公認心理師などの専門家が、個別カウンセリングやグループセッションを通じて、感情のコントロールやストレス対処法を学ぶサポートをします。
発達障害者支援センター
発達障害の可能性が考えられる場合、各都道府県に設置されている発達障害者支援センターに相談することができます。
発達障害に関する相談、診断や治療を行う医療機関の紹介、就労支援、生活支援などを受けることができます。
精神保健福祉センター
各都道府県に設置されている公的な相談機関で、心の健康に関する様々な相談を受け付けています。相談は無料で、匿名でも可能な場合があります。
職場の産業医や相談窓口
職場での人間関係やストレスが癇癪の原因となっている場合、職場の産業医や相談窓口に相談することも有効です。
職場環境の調整や、適切な医療機関の紹介を受けることができる場合があります。

おわりに
大人の癇癪は、「性格が悪い」「我慢が足りない」といった単純な話ではなく、心の疲れや脳の特性、ストレスの蓄積など、様々な要因が複雑に絡み合って起こるものです。
「また怒ってしまった…」と自己嫌悪に陥る前に、自分の怒りに気づき、向き合うことが大切です。怒りは悪い感情ではなく、適切に扱えば大切なメッセージにもなり得ます。
癇癪が頻繁に起こり、日常生活や人間関係に支障をきたしている場合、自分ひとりで抱え込まず、専門家に相談することを検討してみましょう。精神科や心療内科、発達障害を専門とするクリニックでは、怒りや衝動性に関する相談を受け付けています。
癇癪の背景に発達特性やストレス、心の病気が隠れていることもあるため、正確な診断とアドバイスが不可欠です。受診は「壊れた自分を治す」ものではなく、「これから自分らしく生きるための調整」と考えてください。
大人の癇癪は治療可能な問題です。脳の可塑性により、新しいスキル(感情調節、ストレス対処法など)を学ぶことで、感情の制御に関わる脳のネットワークを強化することが可能です。
原因へのアプローチとして、癇癪が病気や障害、トラウマなどに起因している場合、それらに対する適切な診断と治療を行うことで、癇癪という症状そのものが軽減されます。また、アンガーマネジメントなどで感情調節スキルや対人関係スキルを学ぶことは、怒りの感情に振り回されず、建設的に対処できるようになるための具体的な方法であり、練習すれば誰でも習得できます。
感情のコントロールは、生涯にわたって大切なスキルです。今からでも遅くはありません。一歩を踏み出し、専門家のサポートを受けながら、より良い人間関係と心の健康を手に入れましょう。
参考文献
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務