はじめに
男性特有の悩みの一つに、デリケートゾーンにできる腫れや しこりがあります。特に陰嚢(いんのう)部分に生じる粉瘤(ふんりゅう)は、多くの男性が経験する可能性のある皮膚の病気です。しかし、場所が場所だけに相談しにくく、一人で悩みを抱えてしまうケースが少なくありません。
本コラムでは、陰嚢部の粉瘤について、その原因から症状、診断、治療法まで、医学的に正確な情報を分かりやすくお伝えします。正しい知識を持つことで、適切な判断と行動ができるようになることを目指します。

粉瘤とは何か
粉瘤の基本的な定義
粉瘤(ふんりゅう)は、医学的には表皮嚢腫(ひょうひのうしゅ)やアテローム(atheroma)と呼ばれる良性の皮下腫瘍です。皮膚の表皮が何らかの原因で皮下に陥入し、袋状の構造(嚢胞)を形成することで発生します。この袋の中には、剥がれ落ちた角化細胞や皮脂などの分泌物が蓄積され、徐々に大きくなっていきます。
粉瘤の特徴
粉瘤は以下のような特徴を持ちます:
- 良性腫瘍:がんではない安全な腫瘍
- 袋状構造:内容物を包む嚢胞壁がある
- 緩徐進行性:ゆっくりと大きくなる
- 可動性:皮膚の下で動かすことができる
- 中央の開口部:しばしば小さな黒い点状の開口部がある
陰嚢部に粉瘤ができる理由
陰嚢の解剖学的特徴
陰嚢は男性の外性器の一部で、精巣を保護する袋状の構造です。陰嚢の皮膚は以下のような特徴があります:
- 皮膚が薄い:他の部位と比べて皮膚が薄く繊細
- 毛嚢が多い:陰毛の毛根が密集している
- 皮脂腺が発達:皮脂の分泌が活発
- 汗腺が豊富:汗をかきやすい部位
- 摩擦を受けやすい:下着や動作による物理的刺激
粉瘤形成のメカニズム
陰嚢部に粉瘤ができる主な原因は以下の通りです:
- 毛包の炎症:陰毛の毛包が炎症を起こし、表皮が皮下に入り込む
- 外傷や摩擦:下着の摩擦や外傷により表皮が埋没する
- 皮脂腺の閉塞:皮脂腺の出口が詰まることで嚢胞が形成される
- 先天的要因:胎児期の発生異常による場合もある
- ホルモンの影響:男性ホルモンの影響で皮脂分泌が増加する
陰嚢部粉瘤の症状と特徴
初期症状
陰嚢部の粉瘤は通常、以下のような症状から始まります:
- 小さなしこり:米粒大から豆粒大の硬いしこり
- 可動性:皮膚の下で動かすことができる
- 痛みなし:通常は痛みを伴わない
- 中央の黒点:しばしば中央に小さな黒い点が見える
進行した症状
時間が経過すると、以下のような変化が見られることがあります:
- サイズの増大:徐々に大きくなる(数cm大になることも)
- 形状の変化:球形から楕円形に変化する場合がある
- 皮膚の変色:表面の皮膚が薄くなり、青みがかって見える
- 異臭:内容物が漏れ出すと特有の臭いがする
合併症状
感染などの合併症が生じた場合、以下の症状が現れます:
- 疼痛:強い痛みやズキズキした痛み
- 発赤・腫脹:赤く腫れあがる
- 熱感:触ると熱く感じる
- 膿の排出:黄色い膿が出てくる
- 発熱:全身の発熱を伴う場合がある
診断方法
問診
医師は以下の点について詳しく質問します:
- 発症時期:いつ頃から気になるようになったか
- 症状の変化:大きさや形の変化
- 痛みの有無:痛みがあるか、いつ痛むか
- 過去の病歴:同様の症状の既往
- 家族歴:家族に同じような症状がないか
視診・触診
医師による直接の診察では:
- 外観の確認:大きさ、形、色調の観察
- 触診:硬さ、可動性、圧痛の有無を確認
- 開口部の確認:特徴的な黒い点状開口部の有無
- 周囲組織の評価:炎症の程度や癒着の有無
画像検査
必要に応じて以下の検査を行います:
- 超音波検査:嚢胞の大きさや内部構造を確認
- MRI検査:深部への進展や周囲組織との関係を評価
- CT検査:大きな粉瘤や複雑な症例で実施
病理検査
手術で摘出した場合は、病理学的検査を行い確定診断をつけます。
治療法
保存的治療
経過観察
小さく、症状のない粉瘤については:
- 定期的な観察:サイズや症状の変化を記録
- 清潔の維持:患部を清潔に保つ
- 摩擦の回避:きつい下着を避ける
- 異常時の受診:変化があれば速やかに受診
抗生物質治療
感染を合併した場合:
- 内服抗生物質:セフェム系、マクロライド系など
- 外用抗生物質:軟膏やクリームの塗布
- 消炎鎮痛剤:痛みや炎症の軽減
手術治療
摘出術の適応
以下の場合に手術が推奨されます:
- サイズが大きい:日常生活に支障をきたす
- 繰り返す感染:何度も炎症を起こす
- 美容的問題:見た目が気になる
- 悪性化の疑い:急激な変化がある場合
手術方法
1. 局所麻酔下摘出術
- 最も一般的な方法
- 局所麻酔を行い、皮膚を切開
- 嚢胞を完全に摘出
- 縫合して終了
2. 小切開摘出術
- より小さな切開で行う方法
- 瘢痕を最小限にできる
- 技術的に難しい場合がある
3. レーザー治療
- CO2レーザーなどを使用
- 出血が少ない
- 治癒が早い
手術後の管理
- 創部の管理:清潔に保ち、感染予防
- 抜糸:通常1-2週間後
- 経過観察:再発の有無をチェック
- 病理結果の確認:良性であることの確認
他疾患との鑑別
脂肪腫
特徴:
- より柔らかい感触
- 開口部がない
- ゆっくりと成長
- 痛みを伴わない
リンパ節腫大
特徴:
- より深い部位にある
- 全身性疾患に伴うことがある
- 可動性が制限される場合がある
陰嚢水腫
特徴:
- 液体の貯留
- 透光性がある
- より大きくなることが多い
精巣腫瘍
特徴:
- 精巣内の腫瘤
- 硬く、痛みを伴わない
- 急速に成長する場合がある
毛巣洞
特徴:
- 毛が埋没している
- 慢性的な炎症
- 分泌物の排出
予防法
日常生活での注意点
清潔の維持
- 毎日の洗浄:石鹸を使って丁寧に洗う
- 乾燥の徹底:洗った後はよく乾燥させる
- 適切な洗浄剤:刺激の少ない石鹸を使用
衣類の選択
- 通気性の良い下着:コットン製などの天然素材
- 適切なサイズ:きつすぎず、ゆるすぎない
- 毎日の交換:清潔な下着に毎日交換
毛の処理
- 適切な剃毛:無理な剃毛は避ける
- 清潔な器具:剃刀やシェーバーは清潔に
- アフターケア:処理後は保湿などのケア
生活習慣の改善
食生活
- バランスの良い食事:栄養バランスを整える
- 脂質の適正摂取:過度な脂質摂取は避ける
- ビタミンの摂取:特にビタミンA、C、Eを意識
ストレス管理
- 適度な運動:血行促進とストレス解消
- 十分な睡眠:免疫機能の維持
- ストレス発散:趣味や娯楽でリフレッシュ
いつ医療機関を受診すべきか
緊急受診が必要な場合
以下の症状がある場合は、速やかに受診してください:
- 激しい痛み:我慢できないほどの痛み
- 高熱:38度以上の発熱
- 急速な増大:短期間で急激に大きくなる
- 皮膚の壊死:皮膚が黒くなったり、崩れてくる
- 膿の大量排出:大量の膿が出続ける
早めの受診を推奨する場合
- 持続的な不快感:違和感や軽い痛みが続く
- サイズの変化:徐々に大きくなってきている
- 見た目の変化:色や形が変わってきた
- 繰り返す症状:同じ場所に繰り返しできる
- 心配や不安:症状について不安を感じる
定期的な観察のポイント
- サイズの測定:定期的にサイズを測る
- 写真記録:変化を記録として残す
- 症状日記:痛みや違和感の記録
- 異常の早期発見:小さな変化も見逃さない
治療における注意点
自己処置の危険性
してはいけないこと
- 無理な圧迫:強く押したり潰そうとする
- 針での穿刺:針で刺して内容物を出す
- 市販薬の乱用:適切でない薬の使用
- 不潔な処置:不衛生な環境での処置
自己処置のリスク
- 感染の拡大:細菌感染が広がる危険
- 瘢痕形成:きれいに治らない
- 再発率の増加:不完全な処置による再発
- 合併症:蜂窩織炎などの重篤な感染症
医療機関選択のポイント
専門性
- 泌尿器科:男性特有の疾患に精通
- 皮膚科:皮膚疾患の専門家
- 形成外科:美容的な配慮も可能
設備・技術
- 日帰り手術対応:外来での手術が可能
- 局所麻酔技術:痛みの少ない処置
- アフターケア:術後の適切な管理

再発防止と長期管理
再発の原因
不完全な摘出
- 嚢胞壁の残存:壁の一部が残ると再発
- 開口部の処理不足:原因となった部分の処理不足
- 技術的問題:手術手技の問題
体質的要因
- 皮脂分泌の亢進:根本的な体質は変わらない
- 毛包炎の傾向:繰り返しやすい体質
- ホルモンの影響:男性ホルモンレベルの個人差
再発防止策
術後管理の徹底
- 創部ケア:適切な創部の管理
- 感染予防:抗生物質の適切な使用
- 経過観察:定期的な診察
生活習慣の改善
- 継続的な清潔管理:日常的な衛生管理
- 適切な衣類選択:通気性の良い下着
- ストレス管理:免疫機能の維持
心理的側面への配慮
患者の心理的負担
羞恥心
- プライベートな部位:相談しにくい場所
- 男性としての不安:男性機能への心配
- パートナーへの影響:性生活への影響の懸念
不安と心配
- 悪性疾患への不安:がんではないかという心配
- 治療への恐怖:手術に対する不安
- 再発への不安:また同じことが起こるのではないか
心理的サポート
情報提供
- 正確な医学情報:病気についての正しい理解
- 治療選択肢:複数の治療法の説明
- 予後の説明:今後の見通しについて
コミュニケーション
- プライバシーの保護:秘密保持の徹底
- 丁寧な説明:分かりやすい言葉での説明
- 質問の受け入れ:どんな質問でも受け入れる姿勢
最新の治療動向
新しい治療技術
レーザー治療の進歩
- CO2レーザー:精密で出血の少ない治療
- Nd:YAGレーザー:深部への治療が可能
- PDT(光線力学療法):新しい治療概念
内視鏡技術の応用
- 小切開手術:より小さな傷での治療
- 内視鏡下摘出:精密で安全な手術
- 瘢痕の最小化:美容的配慮の向上
薬物療法の進歩
新しい外用薬
- 抗炎症薬:より効果的な消炎作用
- 抗菌薬:耐性菌に対応した新薬
- 創傷治癒促進剤:治癒を早める薬剤
予防的治療
- 皮脂分泌抑制剤:予防的な使用
- 抗男性ホルモン薬:体質改善への応用
- 免疫調整薬:体質的な改善を目指す
参考文献
- 日本皮膚科学会:皮膚科診療ガイドライン(表皮嚢腫・粉瘤の診断と治療)
- 日本泌尿器科学会:男性外性器疾患診療指針
- 日本形成外科学会:良性皮膚腫瘍の治療ガイドライン
- 厚生労働省:皮膚疾患に関する診療の質の向上に関する研究報告書
- 日本医師会:プライマリケアにおける皮膚疾患への対応
まとめ
陰嚢部の粉瘤は、決して珍しい疾患ではありません。多くの場合、適切な診断と治療により良好な結果を得ることができます。重要なことは、恥ずかしがらずに早期に医療機関を受診し、正しい診断を受けることです。
自己判断による処置は避け、専門医による適切な治療を受けることで、再発のリスクを最小限に抑え、快適な日常生活を送ることができます。また、日常的な清潔管理と生活習慣の改善により、新たな発症を予防することも可能です。
何か気になる症状がある場合は、遠慮なく医療機関にご相談ください。医療従事者は、患者様のプライバシーを最大限に配慮し、最適な治療を提供するよう努めています。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務